「BLはファンタジー」を覆す、あまりにも痛々しい名作。『Blue Lust』が描くのは、傷を負った3人の男子高生の姿

更新日:2015/8/6

 よく、「BLはファンタジーだ」と言われる。確かに、男性同士がなんの障害も葛藤もなく恋に落ち、そのままハッピーエンドを迎えるだなんて、なかなかない話だと思う。もちろん、恋愛は自由だが、少なくともいまの日本においては、同性同士の恋愛はそう簡単なものではない。それを踏まえると、その部分に見ないフリをして描かれた物語がファンタジーだといわれてしまうのも、納得ではないだろうか。

 けれど、そんなBL業界で、同性同士の恋愛をリアルに描き、話題となっている作品がある。『Blue Lust』(ひなこ/フロンティアワークス)だ。作者のひなこ氏は、『知ってるよ。』でデビューした、新進気鋭のBL作家。『知ってるよ。』では、優等生を演じる男子生徒と、目つきが悪くいつもひとりでいるクラスメイトとの恋愛模様を少女マンガ風に描いてみせた。そんなひなこ氏の最新作、『Blue Lust』はコメディ要素を排し、同性同士の恋愛をリアルに描いた意欲作だ。

advertisement

 本作の主人公・隼人は、ある日、校舎の屋上に立ち遠くを見つめる奏真と出会う。どこか危うげな彼は、とても無口で、決して周囲に馴染もうとはしない転校生。どうしてそんなに周囲の人間を拒絶するのか。そんな奏真が気になる隼人は、事あるごとに声をかけ、周囲と馴染めるように気を配る。次第に心を開き始める奏真。徐々に距離を縮めていく2人。そして、あるとき、奏真は隼人にキスをしようとする――。

 実は、奏真はゲイだった。周囲と馴染もうとしなかったのは、それがバレてしまうのが怖かったから。過去にそれがバレてしまい、周囲の人間から、まるで汚いものを見るような目で見られた経験を持っていたのだ。だから、転校先では自分を押し殺し、うまくやろうと思った。「俺が悪いんだ。男が好きなのも、何もかも、俺が悪い」。そんな奏真の告白を受け止め、「奏真はおかしくないよ」と抱きしめる隼人…。どうして彼がそこまでするのか。それは隼人にも、誰にも言えない過去があったから。

 かつての同級生を深く傷つけてしまったこと。それが隼人の過去だ。遡ること、隼人が中学生の頃。同級生の男子生徒・宮沢に告白された隼人は、それを友人たちに暴露してしまったのだ。周囲の反応は言わずもがな。「キモ、寄んな」「男子気をつけろよ、こいつホモだから」。その結果、宮沢は校舎の屋上から飛び降りてしまう…。

 ここで思い出してほしい。隼人と奏真が出会ったのも屋上。そう、隼人は奏真と宮沢を重ねてしまったのだ。目の前にいる危うさを漂わせる男と、過去に自分が傷つけてしまった男と。だから隼人は、奏真を拒絶できない。彼が迫るたびに、身を委ねてしまう。それは、過去に自分が犯した罪を贖罪するがごとく。そうやって2人は、決して「恋」とは呼べない感情で結ばれていく。

 本作は、ツライ過去を背負った者たちが求め合う姿を描いた名作だ。しかし、物語はそのまま転がってはいかない。過去は、決して隼人を許そうとはしてくれない。第1巻のラストシーン。宮沢が隼人の目の前に現れるのだ。額に忌々しい傷跡を残して。

 誰かの手によって傷つけられた者は、それを忘れることはない。そして、傷つけてしまった側も同様に、それを忘れることができない。むしろ、加害者側は、許しの言葉を得られない限り、一生その十字架に苛まれるだろう。この隼人のように。果たして彼らがどのような道筋を辿っていくのか。その先に、「許し」はあるのか。「BLはファンタジー」だと馬鹿にしている人がいれば、本作をぜひ読んでもらいたい。そこには、残酷な現実と向き合おうとする、3人の男子高生がいるのだから。

文=前田レゴ