恋の逃避行、同性愛、シングルマザー…―ぜんぶ猫の話です

暮らし

公開日:2015/8/13

 動物生態学を専門とする山根明弘氏が著した『ねこの秘密』によれば、猫と人間との付き合いは、1万年近く前に遡るという。にもかかわらず、そんな身近な“友だち”のことを人間はあまりよくわかっていないようだ。

 飼っていた猫は、ヨーグルトが大好きだった。毎朝、冷蔵庫から500g入りの無糖ヨーグルトを出すと、すぐ足下に飛んできた。そのくせ、小さな器に少量を分けてあげると、「ないよ!どこ!」とばかりに訴えの眼差しで見つめてくるのだ。

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「ここだよ、ここ、ここ」。指にのせて鼻先に近づけると、ぺろぺろとなめ始める。こうしたことはヨーグルトに限らず、たびたびあった。すぐ目の前にあるのに、量が少ないとそこにないと思い込んでいるようなのだ。

 実は、猫は目から15センチ以内にあるものは、よく見えていないのだそう。人間と比べると、視力は10分の1ほど。色を感じる視細胞の数も人間の5分の1。特に赤い色は見えないようで、赤身の刺身もくすんだ黄色のように見えるのだとか。

「ヨーグルトはここだよ、ニブいなあ…」とか、「このマグロは新鮮でキレイでしょ?」なんて愛猫に話しかけていたけれど、向こうは「猫は近くのものが見えないの!色もわかんないの!」と飼い主のニブさにやきもきしていたのかもしれない。

まん丸な瞳は夜に獲物を捕まえるため。聴覚も抜群

 ただ、明るい中で近くは見えなくとも、猫は人間が何も見えないような暗闇でよく見えている。視界は280度もあるといい、動体視力も人間より遙かに優れている。例えば、アクション映画のスピード感あふれるシーンを見ても、猫にはコマ送りのように見えるというのだから、その世界こそまるで映画だ。

 夏の夜、飼い猫が天井をじっと見つめていて、ドキッとした経験はないだろうか。人間には聞こえないのに、「何か見つけた!」とばかりにじっと1点を見つめるのだ。見えないものでも見えているのかとゾッとさせられる。

 それは、聴覚も獲物を捕まえるために発達しているため。人間が聞き取れる高音が2万Hz(ヘルツ)なのに対し、猫は6万5000Hzまで聞き取れるらしい。ネズミの鳴き声は2万から9万Hzで、これがよく聞こえるのだとか。夜中に猫が天井を見つめたら、ネズミの声を聞いているのかもしれない。

 人間にとっては暗闇で静寂でも、猫は獲物を見つけることができる。大きくてまん丸な瞳も、三角の耳も、可愛いだけでなく、夜行性のハンターとして発達しているからなのだ。

まるで人間社会? 猫の恋愛(家庭の)事情

 九州の相の島で、7年に渡ってノラネコを研究した山根氏。なかでも驚くのはその劇的で時に人間社会にも通じる“コミュニティ”と“恋愛(家庭の)事情”だ。

 猫のイメージは、きまぐれで単独行動。だが、ライオンの「プライド(群れ)」のように、グループを形成することもあるという。

 相の島のノラネコにも、いくつものグループが見られたという。毎日、漁師らの出す魚のアラなどの廃物をお目当てに集合したものらしいが、グループは主に血縁で構成されていたそう。主に母娘、姉妹などからなる女系がグループを成していたとか。

 オスは交尾するのみで、子育てには一切かかわらない。そのため、母猫は姉妹など血縁のあるメスに仔猫をみてもらい、エサを確保しにいくなど、シングルマザーとして奮闘する。

 また、オスは早くに親離れをする。身体が小さいうちは母猫の近くにいても、だんだん独り立ちするように。中には、なかなか親元を離れないパラサイトな“息子”もいるらしい。島で行くところがなかなか見つからないという事情もあるのだが、どこか人間社会にも通じるものがある。

 加えて、弱々しいオスや身体の小さい若オスは、発情期が来てもなかなかメスと交尾に至ることができない。大きくて強いオスが上下関係の優位に立つからだ。発情期には、メスを複数のオスが追いかけ回し、最終的にそのメスの一番近くにいたオスが交尾に至るそう。

 とはいえ、必ずしも上手く行くとは限らない。そんな時、メスの近くにいた大きなオスが、少し離れたところで見ていた若オスにマウントするのが見られたという。山根氏が推察するに、フラストレーションのはけ口だったのではないかとのこと。殺気だった大人オスの暴力に若オスは抵抗できなかったのではないかとの見立てで、これまたどこかの刑務所ドラマのようだ…。

人間に死ぬ姿を見せないはウソ

 自由きままに見えるノラネコだが、生きていくのはサバイバルだ。一般に、ノラネコの生存率は3〜5年。仔猫が、1歳まで生き残れる確率は環境のよい相の島ですら20パーセント程度だ。繁殖期に殺気立つのも子孫を残すため。猫はいつだって生きようと必死なのだ。

 ちなみに、昔から言い伝えられてきた「死期が近づくと自分からいなくなる」という蒸発説は正しくないようだ。飼い猫がいなくなってしばらくして家の軒下ややぶの中で死んでいるのが見つかったという話は数多くあるものの、家で亡くなった猫の話も数えきえないほどある。

 猫は、外でケガをしたり具合が悪くなったりすると、本能的に家の下や建物の隙間など狭い場所に身を隠して、状態がよくなるのを待つという。身体が何かに接触していたり、囲まれていると安心する習性のためだ。蒸発説は、運悪く外で異変にあった猫が、隠れた場所で回復を待つうちに、死んでしまったということなのだろう。

 今も多くの人が猫を飼っているけれども、都合で捨てる人、ノラネコに考えもなく餌づけする人など不幸な関係は後を絶たない。そうした結果、毎年の猫の殺処分数は約10万匹。これは人間と猫との付き合い方と大いに関係する。

 山根氏のような動物を愛する専門家の造詣に与り、1万年前から身近な“友だち”についてもっと理解を深めれば、人間と猫の関係はもっと良くなり、殺処分される仔猫たちも減っていくに違いない。

文=松山ようこ