ピース又吉絶賛の小説『教団X』著者が「又吉くんより先に芥川賞を獲っておいてよかった (笑)」と告白

文芸・カルチャー

2015/8/12

芸人初の芥川賞作家となったピース又吉の『火花』が発行部数229万部を突破。本作掲載の月刊『文藝春秋』も100万部を突破するなど、いま、文芸界は『火花』の話題で持ちきりだ。それを追うかのごとく大注目されているのが、中村文則氏の『教団X』(集英社)だ。描かれている世界を彷彿とさせるまがまがしい装丁――品切れ続出後の大増刷を経て、ようやくその全貌を現し始めた。

6月に放送されたテレビ朝日系バラエティー「アメトーーク!」で、“読書芸人”オードリー・若林、ピース・又吉が大絶賛した直後からAmazonランキングが急上昇、書店でも軒並み入手困難となっていた同書。テレビの影響も大きな一因と言えど、昨年12月の刊行から半年以上を経てなお、その売れ行きは衰えない。“売れない”と言われ続けてきた文芸書の分野に今、不測の事態が起こっている。

 

フルポン村上もハマった『教団X』(又吉twitterより)
「とってもうれしいです。でも特殊な事態ですよね。いくらテレビで紹介されたと言っても、これだけぶ厚いのに」と語るのは、「今日のシャツ、装丁を意識して選んできたのですが……」と、はにかんだ笑顔を見せる中村文則さん。この“特殊な事態”、著者本人はどう分析しているのか――。

「言い方がヘンかもしれないのですが、ベストセラーになる小説って“いかにも”な内容の空気感があるじゃないですか。これは売れそうだな、大多数の人が共感できそう、みたいな。でもこの本はそうではないので。それが読者の方にとって新鮮に感じられたのではないでしょうか」

ネットのコメント欄などを見ると、読者のなかには“これまであまり本を読まなかった人”が多く含まれていることも大きな特徴だ。

「芸人さんというあまり堅苦しい印象のない方たちが薦めてくださったということもあるけれど、多くの人が、小説に関心があるんですよ。もともと関心はあったんだけど、何を読めばいいのかわからなかっただけという人もいる。そうした方々が『教団X』を読んでくださって、まずはびっくりされたと思うんですよね。内容もかなりつっこんだものになっていますし、書いちゃいけないようなこともいっぱい書いてある。“小説ってこんなすごいことを書いちゃったりするんだ!”みたいな、そういう驚きを、今多くの方が味わってくださっていればいいなと思っています。みずからの価値観を揺さぶるように」

ネット上では“賛否両論”の嵐

作品の舞台は対立する2つの宗教団体。失踪した女性を追い、<楢崎>は、家族のような温かなつながりを持つ<松尾>の教団と、セックスで人を洗脳していく<沢渡>のカルト“教団X”との間を彷徨っていく。そしてもうひとり、ストーリーの中心に立つのが、教団Xでテロの準備を進める<高原>――交錯する男たちの運命は、2人の女性の運命を巻き込みつつ、あらゆる欲望の渦に巻き込まれていく――。

「売れるとか、売れないとかより、もっと大事なことを書いてます。いわゆる「ベストセラー」みたいに言われる小説としては、これはかなり異質です。悪は突き止めて書いてあるし、性的だし、反戦という内容もある。でも、こういう本がみなさんの間に広がっていっているということは、文芸シーンが少し変わってきているということを表しているのではないかとも」

ネット上でのコメントを見ても、本作への注目度の高さは一目瞭然。“賛否両論”の応戦が繰り広げられている。

「いろんな声があるみたいですね。たしかに『教団X』は入り口として、敷居の低いものではないです。けれど本をあまり読んでいない方にとって、いきなりこういう本にぶつかった方が面白いと思うんです。だって漫画やテレビ、映画では表現することのできない、絶対に味わえない世界がありますから。そしてそれこそが小説の強みなのですから」

“否”を唱える人々のなかで殊に目立つ反応が、綿々と綴られる過激な性描写だ。

「純文学の性描写って本来は奥ゆかしくて、直接的な表現をしないんです。でも本作では、あえて直接的な表現にしました。驚いてもらおうと思ったのもある。“小説でこれをするのか!”と。もうちょっと文学的なことを言うと、フロイトも言及しているのですが、全体主義的なものが世に広がると、ふしだらなものとして性は抑圧されるんですね。あそこまで書くことないでしょう、というくらいの性行為で描きたかったものは、実はそこに象徴される教団Xの権力に対するベクトルなんです。性描写が嫌だという意見も、本当に反対したかったのは、この小説が持つ別の部分かもしれない。まあ内容が内容ですから、意見が色々あるのは別に当然です」

さらに読者の熱い意見が飛び交っているのが宗教に対する捉え方だ。そこには中村さんが全力を懸けて描きたかったものが込められている。

「今、日本全体の空気を僕は危ないと感じていまして。それに加え、海外の宗教の過激な集団もどんどん台頭してきている。自分の小説がいろんな国で刊行されている状況のなか、日本と世界の最も根本的な問題を描くのは今だと思ったんですね。日本だけではなく、世界にも言いたいことを言ってやろうと。英訳版なども刊行が決まっているので、この作品が世界でどう読まれるのかも楽しみなんです」

純文学作家が語る“純文学”の定義とは

教団X』は殊に若い世代の間での反響が大きい。自身のインスタグラムなどにも、まさに国語辞典のような同書の写真をアップさせている人も多く、そこに滲むのは、この560ページ越えの一冊を“読み切った”という満足感だ。

「純文学は低迷なんてしてませんよ。時代的に波はあるけど、09年くらいから再び盛り上がってきてる印象を受けます。又吉くんの『火花』も229万部突破でしょう。これを機に、どんどん読んでいただきたい」

教団X』への注目、そして『火花』の芥川賞受賞でもうひとつ今、話題となっているのが“純文学”というキーワード。人によって解釈が異なるそれを、純文学作家・中村さんに解説をしていただくと――

「言い方が二段階になるけど、まずそこに書かれているそれぞれの言葉の意味、それが全体で、その言葉の全体の意味以上のものを表現しているのが文学です。それぞれの言葉の意味が足し算ではなくて、それ以上のものになっているということです。そのなかで、これは主観なんですけど、“深い”ものが純文学、というのが僕の解釈。なので、ミステリーと呼ばれる作品のなかにも“これは純文学だ”と思うものがたくさんあります。物語性がある、ないは関係ないと思っていて。なぜならドストエフスキーもギリシア神話も純文学ですから。“ストーリー性が強い小説はエンターテインメントである”いう括りはもう古いと思っています。だから僕は物語を書く」

こうして『教団X』は、興味を抱いた人々に“文学を思考錯誤する”という影響も与えている。もし今、この本を前に躊躇しているのなら、その世界観のなかに飛び込むことをお薦めする。

「この本は頭を柔らかくして読むといいのではないでしょうか。“これは違う!”と思っても1回、身体のなかに入れて考えてみる。共感できることはもちろん素晴らしい。でも、共感できなかったからといってその作品を駄目だと言うのは、各々共感の種類も方向性も違うので、あまり意味がないと僕は思っていて。それだと自分の枠が広がっていかない。たとえば“全然共感できなかったけど、すげぇ面白かったな”という読み方ができるようになると、他者への想像力が広がっていくんですよね。“こういう考え方もあるのか”と、どんどん自分の幅も広がっていく。それだけ深い人間になれる」

まさに本書は、そんな読書体験をもたらす一冊。「10年に1回あるかってくらいの作品」というピース・又吉直樹の言葉はそれを集約しているよう。

「僕、芥川賞獲っていてよかったと思いましたよ(笑)。だって獲ってなかったら、又吉くんに気を遣われてしまうかもしれない(笑)。彼には芥川賞が決まった日に会いました。めっちゃ冷静で、“びっくりしましたー”って。冷静過ぎて逆に大丈夫かなと思ったくらい。僕は、たとえば「ロンドンハーツ」の収録で淳さんに芥川賞について振られた時、どういうボケで返すかを考えた方がいい、と又吉くんに言って、パンサーの向井くんが、中村さんは作家なのにアドバイスそこですかって言って(笑)。楽しかったですよ。又吉くんももちろんですが、羽田圭介くんの受賞も僕はすごくうれしくて。羽田くんにもぜひ注目していただけると有り難いですね」

取材・文=河村道子 写真=稲田平

書籍情報
教団X』(中村文則/集英社)

謎のカルト教団と革命の予感。自分の元から去った女性は、公安から身を隠すオカルト教団の中へ消えた。絶対的な悪の教祖と4人の男女の運命が絡まり合い、やがて教団は暴走し、この国を根幹から揺さぶり始める。神とは何か。運命とは何か。絶対的な闇とは、光とは何か。全570ページ、著者最長にして圧倒的最高傑作。

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