在日コリアン×日本人の純愛コミックが23年の時を経て、単行本化された理由 【津田大介×津田ひろみ対談<前編>】

マンガ

更新日:2016/11/17


『夜明けのエレジー』(津田ひろみ/双葉社)

 2015年8月15日。終戦から70年を迎えたこの日は、韓国にとっては日本からの解放70年であり、日韓国交正常化50年の節目となった。近くて遠い隣国との関係は、この間、ゆるやかにほどけてきたかのように見えて、いまださまざまな問題を内包している。そんな中、在日コリアンと日本人との国際恋愛を描いたコミック短編集『夜明けのエレジー』(津田ひろみ/双葉社)が発売され、注目を集めている。実は、初出は20年以上も前だけあって、今どき感のない「古くさい」絵柄や、シンプルで素朴なストーリー展開が、とてつもなく強烈なインパクトを放ちながら読む者に迫ってくるのだ。いったいなぜ、韓流ブームも嫌韓現象もない当時にこの作品が描かれたのか。今、この作品をどう読むべきなのか、作者の津田ひろみさんと、コミックの帯にコメントを寄せたジャーナリストの津田大介氏にお話をうかがった。

在日コリアンの「痛み」と向き合う

――在日朝鮮人の女性とバンドマンの青年の瑞々しい恋愛を描いた表題作「夜明けのエレジー」が女性コミック誌で読み切りとして描かれたのは、今から23年前の1992年。まだ韓流ブームもなかった当時に、津田ひろみさんはなぜこのテーマに着目されたのでしょう?

津田ひろみ:最初に日本にいる在日の子たちに関心をもったのは、『パク・ソンジュンの夏』という、夜中のドキュメンタリー番組がきっかけでした。朝鮮高校でボクシングをやっている少年のひと夏を追う内容だったんです。

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津田大介:それは、その番組を見ようと思って視聴されたんですか。

津田ひろみ:いえ、偶然たまたまです。日本の学校条例に該当しないため、強い選手も大勢いるのに朝鮮学校の生徒たちはインターハイには出られない。ふだん彼らと一緒に練習試合をしている他校の日本の少年たちは、彼らが出場できないことを、いったいどう感じているのだろうと思い、「痛み」という作品を描いたのが最初でした。

津田大介:ちなみに、津田さんのご出身はどちらですか。

津田ひろみ:横浜です。中華街に行けば中国人の子弟が通う中華学校があるし、山の手に行けばいくつもインターナショナルスクールがある。そして横浜駅の近くには朝鮮学校がある、そんな環境で育ちました。

津田大介:僕も東京の北区滝野川出身なので、近くに朝鮮人学校がありました。僕らの世代は校内暴力がいちばんひどかった世代より5つくらい下なので大人しかったんですが、ちょっと上の世代の先輩ヤンキーたちは、朝鮮高校の生徒とよくケンカしてましたね。

津田ひろみ:私は、通学途中の電車の中でチマチョゴリの女の子と顔見知りになって、音楽や芸能人の話をしていた覚えがあります。

津田大介:津田さんの中では、そういった社会問題を扱った作品を描くということは、以前からやりたいことだったんですか?

津田ひろみ:特に意識はしていなかったですね。でも、幸せな人の幸せな物語よりも、痛みの中に見える前向きな気持ちとか、温かみを描きたいという気持ちはありました。

津田大介:掲載当時、この4作品に対する読者からの反響はどうでした?

津田ひろみ:たぶん、在日の女の子からだと思うんですけど、“「夜明けのエレジー」にベッドシーンがなかったら、もっと良かったのに”という感想が(笑)。

津田大介:それはまた、ピュアな反応ですね(笑)。

津田ひろみ:やっぱり、儒教の教えが強い国の人たちだからでしょうね。

津田大介:なるほど。作品を読み込むと、自由に恋愛をしたくても、歴史的なバックグラウンドや家族との関係性からなかなかそれができないもどかしさが伝わってきます。想像だけでは書けそうにないセリフのリアリティさも、作品に深みを与えているなと感じました。実際に、在日コリアンの方々に取材をされたのですか。

津田ひろみ:在日の方にはないですね。95年頃だったかな。韓国で爆発的に人気を博した『砂時計(モレシゲ)』というドラマにハマりまして。韓国で、自国民大虐殺と言われる保導連盟事件を語る人は少ないですが、民主化を望む人々を軍隊が殺戮した光州事件を、このドラマは取り上げていました。そういったエンタメからも、韓国や北朝鮮のことを徐々に知っていったというのはあります。

津田大介:津田さんが作品を描かれていたのは、90年代後半から2000年代前半にかけてで、そこから今20年近くたつわけですが。指紋押捺制度の全面廃止など、日本国内の体制は少しずつ変わったけれども、個人レベルとなると、一概にそうは言えないなと感じています。
 日本で生まれ育ち、朝鮮大学に行った在日の友人が何人かいるんです。彼らの話を聞くと、やっぱり親から「結婚相手はとにかく、同じ在日の女性。日本人との結婚は許さん」みたいなことを言われるようで。もちろん全ての家庭がそうでないにせよ、まだ同じ民族以外と結婚することに抵抗感を持つ人もいるみたいですね。在日コリアンの彼らは一見、日本人社会の中にうまく溶け込んでいるように見えて、実は我々とは全く違った社会環境や、選択を迫られている。それは今この瞬間も続いていることでもあるんですよね。だから津田さんの作品を今読んでも、古びたものを感じない。

津田ひろみ:北と南のふたつに分断されている、複雑さみたいなものもありますからね。

津田大介:二世、三世になれば、帰化して日本人として生きる選択をする人もいますけど、それを一族でかたくなに拒否している人たちもいるんですよね。
 在日コリアンの友人が、沖縄で弁護士をやっているんですが、彼は沖縄でものすごく受け入れられているそうなんです。沖縄ももともとは琉球王国として独立していたのが、日本に併合された。そういう歴史がある中で、沖縄の年配の方は同じ立場を在日の彼に重ねるらしいんですね。
 そんな話を耳にすると、戦後70年もたったというのに、実はここ100年くらいで生まれた社会のひずみやそれによって生まれたマイノリティたちの抱える苦悩は、まだ脈々と日本社会に残っていると思います。そういう忘れがちな事実をこのタイミングでコミックという若い人の心に訴える形にして世に出すことは、今の世代に“気づかせる”という意味で非常に意義があると思いますね。

――ちなみに4作品の中で、津田大介さんがいちばんグッときた作品はどちらでしたか?

津田大介:どの話も好きですけど、やっぱり「夜明けのエレジー」のラストシーンは、衝撃でしたね(笑)。

表題作「夜明けのエレジー」より

津田ひろみ:私の中ではもう、あのシーンしかありえない!という感じでした(笑)。人の背中を押せるような、「頑張ろうかな」って前向きになれるものが描けたらいいなと思っていて。
 やはりその、日朝関係は拉致問題を含めてさまざまな問題を抱えています。でも、自分の国を思う気持ちは誰でも同じだと思うし、自分のルーツを大切にする心も一緒ではないかと。母国へ帰っていく北朝鮮の少女にも、やむにやまれぬ朝鮮魂があるのではないかと、エールを送りたい気持ちも込めて描いていました。

あの日韓共催W杯を機に、ヘイトスピーチや反韓感情が噴出

津田大介:この4作品を描いていく中で、いちばん読者に感じてもらいたいことって、どういったところでしたか。

津田ひろみ:自分が人から尊重されたいと思ったら、まず人を尊重しなさいってことですね。

津田大介:いろいろな背景をもつ登場人物たちが、自分の努力だけではどうにもならないような困難な問題に直面し、傷つきながらも互いを尊重しながら前へ進む。その過程がすべての作品に描かれていますよね。それがテーマにつながっているんですね。

津田ひろみ:たとえば優しいっていう字は、人が憂うと書くじゃないですか。寄り添えるってことだと思うんですね。優しい人がいっぱいいたら、きっとあたたかい世の中になるんじゃないかと思うし。日韓関係に視点を移すと、2002年の日韓共催FIFAワールドカップで、すごく盛り上がったわけですよね。それで、「ああ、これで少しは良くなるな」と思っていたら、あれあれあれ?と、事態が一変してしまって。

津田大介:むしろあのワールドカップをきっかけに、ヘイトスピーチや反韓感情がネットを中心に盛り上がりはじめたわけですからね。あれがいわゆる「ネット右翼」が増えることになった起源だとも言われてます。当時2ちゃんねるで「日韓が同時にやるべきじゃなかった」っていう話だとか、いろいろな意見が噴出しました。

津田ひろみ:ありましたね。

津田大介: 2002年は、ちょうどブロードバンド・常時接続環境が普及してきた時期でもあるんですよ。それで、韓国の人たちの主張がネットを通じて容易に閲覧しやすくなってしまった。情報環境が変わったことによって、たとえば今まで、日本人だって韓国人だって竹島のことをあまりよく知らなかったのに、メディアで日韓の間に竹島問題があることが改めてクローズアップされ、感情的に意見表明する人が増え、それがさらなる怨嗟につながっている。そのような悪循環があったんだと思います。

取材・文=タニハタ マユミ 写真=善本喜一郎

 

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夜明けのエレジー』(津田ひろみ/双葉社)

ひっそりと穏やかに生活する在日朝鮮の女性とバンド活動に励む青年との美しく激しい恋愛「夜明けのエレジー」、在日韓国人のサーファーとカナヅチの少女の恋愛「共に生きる」、台湾籍の少女と在日韓国青年の恋愛「情宜」、韓流スターと韓国に留学経験のある少女との恋愛「讃歌」。著者津田ひろみのやさしく鋭い描写が読む者の胸をうつ感動短編集コミック。

▶social event
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話(1993年8月)
日韓共催FIFAワールドカップ(2002年5月31日〜6月30日)
韓流ブーム(2005年〜2010年)※韓流=韓国大衆文化コンテンツの拡販政策)
→第2次韓流ブーム後、衰退 (2012年頃 ~ )
訪韓邦人人数過去最高の約352万人に(2012年)韓国観光公社統計より
李明博大統領による竹島上陸や天皇謝罪要求(2012年8月)
ヘイトスピーチ・反韓デモ・嫌韓現象(2013年〜)
セウォル号転覆事故(2014年)韓国社会全体が自粛ムードに
日韓国交正常化50周年(2015年)
新・韓流ブーム(2015年〜)オルチャンメーク、ファッション、カップルアプリ、ダンス、セルカ棒等、韓国文化の取り入れ現象(2/13『東洋経済ONLINE』より)

▶entertainment
バラエティ番組『チョナン・カン』(2001年4月〜2010年OA)
映画『GO』(2001年11月公開)
日韓共同製作ドラマ『フレンズ』(2002年OA)
ドラマ『冬のソナタ』(2004年OA)
ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』(2005年OA)
映画『パッチギ』(2005年1月公開)

▶K−POP
東方神起(2005年日本デビュー)
SUPER JUNIOR(2006年日本デビュー)
BIG BANG (2008年日本デビュー)
KARA、少女時代(2010年日本デビュー)
A Pink(2011年〜)