現代人の心の病は自分で治せる!? お薬代わりに心が元気になる短編集はいかがですか?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

 様々なストレスを抱え、心の病に悩む現代人は多いのではないだろうか。競争社会の中でのキャパシティを超える仕事や、複雑化した人間関係、高齢化社会など、私たちの身の周りはストレスの要因になるものであふれている。恐らく「病院に行くほどではないけれど……」といった軽いうつ状態なら、ほとんどの人が一度は経験しているのではないだろうか。

 『冷蔵庫を抱きしめて』(荻原浩/新潮社)は、現代人の一見症状は軽そうに見えるものの、実は根が深く、手強い心の病気に、真剣に、時に軽妙に迫った短編集だ。登場するのは、DV男ばかり好きになる女性、マスクなしでは人前に出られない男性、相性ピッタリだと信じていた夫と、食の嗜好の違いに気づき、摂食障害を再発してしまう女性など、何かしら心の病を抱えている人々ばかりである。

 彼らはみんな、深刻になる一歩手前の症状を抱えながら、何とか日常生活を送っている。しかし驚いたことに誰一人として、心の病を、病院やカウンセラーの元で解決しようとはしない。

 例えば、表題作である「冷蔵庫を抱きしめて」は、「わたしたち、磁石みたいにぴったりだね」と、新婚旅行を終えるまでは相性が良いと思っていた夫婦の物語だ。好きな音楽も観たい映画も、読もうと思っている本も、年齢も同じ。住む街や選ぶ家具でも揉めたことがない夫婦は、誰から見てもお似合いのカップルのはずだった。

 けれども後になってから、「食」に関してだけは、ことごとく嗜好が合わないことが判明する。朝はパンかご飯か。味噌汁は白味噌か赤味噌か。麺類なら蕎麦かうどんか……。全てにおいて、2人の意見は一致しない。妻は「磁石みたい」だと信じて疑わなかった2人の関係が、こんなことでつまずいてしまったことにショックを受け、ついには思春期に克服したはずの摂食障害を再発してしまう。

 しかしこの話は、似たもの同士ではないからこそ、一緒に生きて行く意味があることを、切実に教えてくれる。

 夫は摂食障害で苦しむ妻に、「磁石がくっつき合うのは、S極とN極だからなんだよ。似た者同士なんかじゃない」と告げ、妻の気持ちに変化を起こしたのだ。似たもの同士ではなくても、お互い譲歩し合い、手を取り合って一緒に生きて行くパートナーがそばにいることを実感した妻は、安心して病気に立ち向かう決心をする。

 この話だけではなく、他の物語の登場人物も、みんな深刻な状況に置かれていた。しかし彼らは、ほとんど誰かに頼ることなく、苦しみながらもまず自分の状況を受け入れ、日常生活の中で自分の力で解決できる方法を探し、一歩踏み出そうとしていた様子が印象的だった。

「ヒット・アンド・アウェイ」という物語では、DV男から2歳の娘を守るため、暴力に負けない力をつけようと、密かにボクシングを習い始めるシングルマザーが登場する。

 また、「それは言わない約束でしょう」では、百貨店の婦人服売り場に配属になった若者が登場する。彼は「心で思っていたはずのことが、なぜか知らないうちに口に出てしまい、お客さまを怒らせてしまう」という恐ろしい症状に見舞われてしまうのだが、この困った症状を逆手に取った販売方法を見つけ、売上げを5割増しにまでしてみせた。

 現代はどう考えても「大丈夫ではない」世の中だ。不安や生きづらさが蔓延していて、心を正常に保ち続けるのは、決して簡単なことではない。

 しかし、心を闇に完全に引きずられる前に、良かったらこの本を読んでみてほしい。登場する誰かが、あなたの心に引っかかって「私もまだ大丈夫かもしれない」と感じることができるかもしれない。不安で沈みそうになる心を、軽妙な文体と、芯の強い、ちょっと変わった登場人物たちが、あなたを励ましてくれるはずだ。

文=さゆ