綾野剛、中村文則と初対面で「どっちが焼き魚のサンマをSっぽく食べられるか?」を勝負

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更新日:2015/8/26

 

一年後だと遅すぎる、もっと前だと早すぎる

中村文則
なかむら・ふみのり●1977年愛知県生まれ。2002年、『銃』で第34回新潮新人賞を受賞しデビュー。05年に『土の中の子供』で第133回芥川賞を、10年に『掏摸』で第4回大健三郎賞を受賞。またノワール小説への貢献を賞して、14年にアメリカでDavid L. Goodis賞を受けた。

中村 5年前に会った頃の剛君は、映画やドラマの中で、物語にインパクトを付ける役割を演じることが多かったでしょ。でも、ここ数年は主演を張るようになっている。これは今日絶対言おうと思ってたんだけど、剛君が主演した『そこのみにて光輝く』(2014年公開。原作は佐藤泰志の同名小説)、あれホントにいい映画だと思う。

綾野 ありがとうございます。

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中村 すべてがハイクオリティなんだけど、剛君の演技は本当に素晴らしかった。ある事件をやらかしてしまった相棒が、アパートの前の廊下で座っててさ。ぎゅっと、剛君が相棒を抱きしめるシーンがあるでしょ。あれを観た時、ものすごい説得力を感じたの。これは僕の想像なんだけど……役者さんっていうのは役に入り込む、そのキャラクターそのものになるわけだよね。

綾野 感謝です。あの映画の撮影中、僕はずっと〈達夫〉だったと思います。

中村 でもそのうえでさ、役者さんがこれまで歩んできた人生みたいなものが否応無しに投影されていくと思うの。それでいうと、剛君は人間関係というものをものすごく大事にしてる人だと思うんだよね。俳優の後輩がいっぱいできてるはず。でも、剛君は後輩に対して、後輩として接してないでしょ?

綾野 はい。接してないです。

中村 友達、とか、仲間、という感覚で接してるでしょ。だけど後輩は剛君がそう接していても、兄貴のように慕ってる感じがあると思うの。

綾野 そうかもしれないですね。

中村 そういう関係性を人生で積み重ねてきたからこそ、兄貴分的な主人公が年下の相棒をガッと抱くシーンにものすごく説得力を感じた気がするんだよね。20代の頃の綾野剛だったら、あのシーンはあそこまで説得力は持たせられなかったんじゃないかという気がする。

綾野 持たせられなかったです。そう言い切れます。

中村 30歳を越えたからできた演技なんじゃないかと思うと、20代の頃からずっと見てきた人間としては嬉しかった。

綾野 今の話はホント嬉しくて……やっぱ中村さん、俺のことスーパー好きなんだなって思いました。

中村 そんな感想なの(笑)。

綾野 だって、僕のこと理解してくれています。僕に何か大切なものがもしあるとしたら、感情なんです。役の感情を自分の血や肉体で表現するってことが、何よりも自分自身にとって「生きてる」と感じる瞬間。「役を生きてる」という瞬間と、「自分自身が生きてる」と思う瞬間が一致するんです。今おっしゃっていただいたシーンは、まさにそれだったんです。

中村 それでいうと、剛君が今主演しているドラマ(『すべてがFになる』)は、演じるのが相当難しいんじゃないかと思った。あれはミステリーだから、筋がものすごくはっきりしてる。役者さんが個性を出すと、観る方は筋を忘れちゃうわけでしょ。

綾野 はい。この役を演じるうえで僕は「人間」ではなく、物語の「コマ」であるべきだと思いました。そのやり方って人生で初めてだったし、僕にとっては一番苦手な部類の作品なんです。それを連続ドラマ初主演作に選んだのは、自分の中でちゃんと意識があって。抗わず向き合っていく作業は、今後の俳優人生にすごく影響してくるなと思ったんですよね。一年後だと遅すぎる、もっと前だと早すぎる。やるなら今だ、と思ったんですよ。

主人公はすべて同一人物? 主人公は中村文則?

中村 剛君はチャレンジャーだよね。前からそうだったけど。

綾野 変化を恐れず、過去の自分をいい意味で壊していく作業というのは、僕は中村さんから学んだんです。影響を受けてるんです、人生観にも大きく。

──その感覚、詳しく教えていただけますか?

綾野 僕は『銃』を読んだ後に『土の中の子供』を読んで、『最後の命』『遮光』『世界の果て』を読んだんですが……。

中村 その後に、『掏摸』?

綾野 そうですね。それで、『掏摸』を読んだ時、「あれ?」って思ったんです。譬えて言うなら、笑いながら飲んでいた会話中に、いきなり平手打ちを食らったような感じ。「え? 何? 何があったの?」と。でも中村さんは笑ってるんです。「ま、いっか」と飲み直したら、またパンって叩かれるんです。

中村 読者のみなさんに一応お断りしておくと、これは彼の比喩で、ホントに叩いてはないですからね(笑)。

綾野剛×中村文則

綾野 僕はそれまで中村さんの小説を、モノクロの世界として読んでたんです。『掏摸』を読んで初めて、色が入った。表層的な言葉を使うと、すごくエンターテインメントになった。その時に「うわ、すごいこと始めようとしてる」と思って焦ったんです。「置いてかれる」って。その後に『王国』(『掏摸』の続編であり兄妹編)を読んだら、ひと連なりのエンターテインメントになっていることにさらに衝撃を受けて……。「俺もこの境地に早く行きたい」って。

中村 「『王国』読みました」って電話がかかってきたのが、朝の4時。しかも、めちゃめちゃ酔っ払ってる(笑)。最初は理路整然と『王国』のことを熱く語ってくれるんだけど、だんだん論理が崩壊してきて、僕も眠いからふわふわした感じでお互いずっとしゃべってた。

綾野 すみません(笑)。『掏摸』から先の作品は、カラーが加速していきましたね。『悪と仮面のルール』、『迷宮』、『去年の冬、きみと別れ』なんて、もう……あの作品で、また変わった感じがあったんじゃないですか?

中村 『去年の冬、きみと別れ』は、それまで「物語性を導入する」ってことはちょくちょくやってたんだけども、一回思いっきりやってみようと思ったんだよね。で、それを越えるインパクトってなると、大長編しかない。だから『教団X』を書いたってのはある。

綾野 中村さんが書いてる本って、僕が勝手に思っているのは、主人公は同一人物なんです。『掏摸』の主人公も『教団X』の主人公も。ただ、その世界のリアリティが変わっているだけで、そこに立っている人間は変わらない。そこが愛おしいのです。

中村 うん。主人公は全部一緒ってことでいいと思います。まあ、言ってしまえば僕自身ってことなんだけど。

綾野 あぁ……。やはり、中村文則は化物。

自分の中心にあるものを変えずに、周りを変える

中村 こうやって対談する時は何か特別なタイミングで、具体的には僕の作品を綾野剛主演で作った時まで取っておこう、という話をしてたのに。やっちゃったね、フライングで(笑)。そういえば、文庫の『掏摸』で剛君がコメントを出してくれたじゃない? 他の出版社からも、コメント依頼が殺到しているんじゃないかと思うんだけど、ぜんぜん見ないよね。

綾野 お話は頂きます。感謝もしていますが、僕は評論家ではないので、お会いしたことがない方のコメントを書くことが非常に難しいのです。あと、そうすることで、中村さんに敵を増やしたい。

中村 今もう既に、いっぱい敵いるし!(笑)

綾野 さっき『掏摸』のコメントを久々に見たら変な気持ちになりました。「血も心も身体も嘘みたいに、ここには確かな生(じじつ)がある」……。

中村 めちゃめちゃいいじゃん。『銃』の文庫のコメントも好きだよ。「孤独は向かってくるのではない 帰ってくるのだ」。

綾野 『教団X』にもコメントを出させてもらうことになってるんです。今、急激に自分の中でハードル上がった感じしました。

中村 剛君が演じるなら、〈楢崎〉よりも〈高原〉だよね。革命にたまたま居合わせてしまう方じゃなくて、革命を起こす方だと思う。

綾野 ありがとうございます。でも、〈楢崎〉が性に溺れていくシーンは人間的で本能的ですが、魅力的ですよね。「どうしよう、もう止まらない」みたいな。

中村 今の剛君なら両方できるのか。昔だったら〈高原〉だけだったかもしれないけど。

綾野 これをある監督に読んでほしいんです。100%狂ってくれると思う。

──そろそろ時間が来てしまいました。最後に何か伝えたいことがありましたら。

中村 役者さんとしては、すごくいい流れを歩んできていると思う。最初はインパクトのある役柄でキャリアを積んで、ありとあらゆる役柄をやってきた。主演を張る立場になった今、その経験というのは確実に財産になっているよね。これからも、いろんな綾野剛を見たいなと。

綾野 ありがとうございます。僕の中で絶対に変わらないものがあるとするなら、単館アート系の作品なんです。日本映画の伝統を継ぐような、間とか侘び寂びだとか、そこに流れる質感みたいなものを大事にできる作品。必ず年に一本でも出演したい。もともと自分が単館アート系ばっかりやっていたからこそ、どんな大きな作品をやった後も、そこへ戻っていけるんです。

中村 僕もいろいろ変わっていってるけど、中心にあるものは全然変わってないんだよね。中心にあるものを変えずに、周りを変えることで、中心にあるものの見せ方を変えている。

綾野 だから僕らは、変わっているようで変わらない。

中村 そうだね。確か、映画監督のフェリーニが言ってたんだけど、自分がやりたいことをやるのは簡単だ、自分がやりたいことを世の中へ広げるのが難しいんだ、と。ホントその通り。

綾野 最後にひとこと言ってもいいですか?

中村 何? 怖いなあ。

綾野 中村さんが俺のことを好きな気持ちよりも、俺が中村さんのこと好きな気持ちの方が絶対強いですから。

中村 ホント、負けず嫌いだよね!!(笑)