いまの若者はいろんな機能が落ちている―思春期外来の医師が語る現代の若者像

社会

2015/8/28

 最近の若者は」と年寄りじみた台詞を口にしたくはないが、若者のことがよくわからない。話も通じない。そう思っている人は少なくないだろう。だからこそ、若者を“さとり世代”“つくし世代”と名づけてなんとか理解しようとする。雑誌『AERA』でも「成長と競争なき社会を生きるU35のリアル」と題して、35歳以下の若年層についての特集が組まれ、その分析が試みられる。『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)を著し、若者の立場から若者を語る古市憲寿氏もメディアにひっぱりだこだ。そうしていろんな角度から考えても……「やっぱり若者のことを理解できない」と肩を落とすことになる。

 時代の影響を受けて刻々と変化する若者の実態をとらえることはむずかしい。ゆえに“若者論”は絶えず語られつづけるが、「それでも、1980年以降に生まれた世代は、それまでの世代と決定的に違う」とし、それを知ることで世代間のコミュニケーションをスムーズになればという思いから精神科医・鍋田恭孝さんが書き下ろした1冊が『子どものまま中年化する若者たち~根拠なき万能感とあきらめの心理』(幻冬舎)だ。

●臨床の現場や、大学の授業をとおして見えてきた“若者像”とは?

鍋田恭孝さん(以下、鍋田)「ここでいう若者とは、1980年代に子ども時代を過ごした世代です。長らく思春期外来の医師として若者たちと接してきたなかで、ここ10~20年ほどは、私だけでなく多くの精神科医が苦労しています。というのも、いまの若者はいろんな面で“機能”が落ちていると認めざるをえないからです。本書でも、体力測定などの調査結果から身体機能の低下を、そして遠近法に基づいた絵を書けないなどの事例をとおして、物事を統合する能力の低下を指摘しました。私が特に重視したいのは、自分について語る力、人の気持ちを読み取る力の低下です」

 その一例として、鍋田さんと、不登校を理由に外来を訪れた高校2年男子とのやりとりを紹介しよう。

「何か困っているの?」
「わからない」
「学校か何かで嫌なことでもあったのかな?」
「何も」
「家ではどのように過ごしているの?」
「別に」
「お母さんはどんな人?」
「普通」
「お父さんは?」
「わからない」

 ……なんともじれったいが、こうした“何も語れない若者たち”はいまや特にめずらしい存在ではないと鍋田さんは話す。

鍋田「そもそも悩みの形ができていないから、何を悩んでいるのか本人もわからない。それ以前の若者であれば、たとえば父親から“医者になれ”といわれて、“絶対にイヤだ!”と反発するといったように、本人も周囲も悩みの所在がはっきりしていた。自分を語る機能、自分を把握する機能があれば、一緒に原因を突き止められるし、それを取り除けば悩みを解消できます。ところが、こうした従来の治療がいまは通じなくなっているんですよ。自分自身を知り、語る機能が落ちているのに原因を探る作業をさせると、ますます大きな混乱に陥って収集がつかなくなります」

 とはいえ、現在は人生の早いうちから“コミュニケーション能力”が求められている。スクールカーストを生き抜くにもコミュ力、就職活動を勝ち抜くにもコミュ力、婚活で異性と出会うにもコミュ力……。

鍋田「若者がいうコミュ力とは、“短くて、軽くて、あまり内容がなく、重くない、しかもちょっとおもしろい”―これは、バラエティ力ですね。ほんとうのコミュニケーション能力とは、相手との関係性を踏まえたうえで対話ができること。自分と相手の相違を認識しながら、自分の主張を伝えることですよね。そもそも人の気持を読むのが苦手で、一方的かつワンパターンな若者のコミュニケーションは、アスペルガー障害の特徴と似ています」

 なぜ若者の機能はそこまで落ちているのだろう?

鍋田「日本の歴史上、こんなに子どもが大事に育てられた時代はありません。親も子どもを大事にし、社会も若者にやさしくなっています。1970年代生まれまでは、“いい大学に入り、一流企業に就職する”という上昇志向に巻き込まれ、ストレスを与えられてきました。それへの反発から家庭内暴力や荒れる学校も多かった。でもいまは、家庭も社会も“子どもありき”。全入時代といわれてひさしいですが、大学側から“どうぞ来てください”といってくるなど、いたれり尽くせりです。若者は若者で、いわれたことさえやっていれば“それなり”で“そこそこ”の生き方ができます。無理をしなくてもいい。気楽で、危険もなく、コスパもよく、できることだけを選んでいく人生が可能になったのですから、そこに必要のない機能がどんどん落ちていくのは必然ですね」

 それで一生を大過なく送れるのであれば、それはそれでいまの若者の生き方がうらやましい気もする。

鍋田「ただ、その状態でなんの準備や心構えもなく生存競争である社会に放り出されると、がぜん生きづらくなります。それまで大人はだいたいやさしかったのに、無茶をいう上司など、理不尽な物事にいきなり遭遇するんです。毎年4月になると、入社後すぐに辞める新卒社員が話題になりますが、彼らは自分がいままで置かれていた環境とのギャップに行き当たり、“思っていたのと違う”となります。これまで大人に導かれるままにやってこればよかったのに、社会人になったんだから自分で考えろ、と突然いわれて戸惑うんです」

 そんな若者たちに、それより上の世代はどう対処すればいいのだろう?

鍋田「自分たちの世代が持っている“若者像”を、彼らに求めないことですね。チャンスを与えれば必死になってついてくるとか、負荷を与えれば本領を発揮するとか、いまの若者はエネルギーを自分のなかに溜めない生き方をしていますから、そんなことは期待できません。それよりも、“与えられた環境で、与えられた物事をそれなりにこなす”という彼らの特性に注目してあげてください。適切な指示を出して、然るべき方向へと導いてあげる。自分で判断ができないだけで、いわれたことは丁寧にこなしますから。そのうえで、もしエネルギーが余っている子がいれば鍛えていく。それに尽きます」

 どうにも彼らの、ひいては国の将来が心配になる話だが、鍋田さんはそんな若者たちの生き方を「静かでやさしいもの」として評価する。

鍋田「社会や大人、親からケアされて育った子には、ちゃんと人間力がありますよ。ハングリー精神のようなものはないけれど、これからの時代は“俺が俺が”じゃなくていい。経済成長が続いていたころの日本には、夢があった。それは幸せなことだったけど、足元が空虚でした。いまは足元である日常をこそ大事にする。少子化が進んで、社会からダイナミズムが失われ、人や物の動きが少なくなり、そのぶん穏やかでやさしくなっていく。その結果、大事にされるのは家族です。近年、同居はしていないけど近隣に居住し、経済的・精神的に支えあう“インビジブル・ファミリー”という新たな家族のあり方も増えているといいますが、こうして凝縮しつつもゆるくつながる家族を中心とした生き方が、今後増えていくでしょう。人口も減るしGDPも下がりますが、いまの若者が大人になっていくにつれ、静かな幸せを求める国へと移行していくと私は見ています」

取材・文=三浦ゆえ