新刊著者インタビュー

ヤービは、私の中にずっとあった生命力そのものなんです。―『岸辺のヤービ』梨木香歩インタビュー

 「夜、アオバズクの声がしているなあと思ったら、朝、それだけ玄関に落ちていたんですよ」
 梨木さんがそう言って、水色の小箱をそっと開けて見せてくれたのは、カブトムシの頭だった。白い綿の上にうやうやしく置かれたそれは、まるで鹿の角のように輝いていた。
「見つけた時は日の光できらきら光って、目が宝石みたいでした。美しいでしょう」
 ご自宅でのインタビュー。テーブルの上にはクローブとカルダモンが入ったお手製のレモネード。大きな窓の外にはサルスベリの木。おまけにこんなものまで見せてもらって、いきなり梨木さんの物語の中に招かれたようで、くらくらしてくる。

死を巡礼する物語から、
命の喜びを歌う物語へ。

 永遠の子どもたちに。

 そんな献辞で始まる『岸辺のヤービ』は、梨木さんの児童文学への想い、フィールドワークを実践する中で培ってきた命へのまなざしがぎゅっと詰まった物語だ。しかも嬉しいことに、これはここから始まるマッドガイド・ウォーターを舞台にしたシリーズの記念すべき第一章でもある。

 その主人公、二足歩行のハリネズミみたいなふしぎな生き物、クーイ族のヤービをどんなふうに紹介したらいいのだろう。

「ヤービはもう十年以上も前から、私の中にずっといました。それは生きる力というか生命力みたいなものでしたね。私が危機的な状況に陥っても、彼が私の中にいたから何とかなってきたんじゃないか」

 しかし物語を書き上げるまでには、実に十年の歳月を要した。

「書き始めたものの、ずっと迷いがあって。私が好きな児童書の世界には、その中に基本的な安心感、生きることへの積極的な肯定が決して揺らがずに在るんです。それに携われるという自信が自分の中ではなかなかもてなかった。人生全般に渡って迷いや葛藤があって。広く“文学”という場合はそれでもいいのでしょうが、私の中での、こうあってほしいと思う児童書の定義はそうではなかった。例えば私は人に“死に別れる”ことにとてもダメージを受ける質で、そのテーマはデビュー作の『西の魔女が死んだ』に強く出ています。大好きな人が世界のどこにもいなくなる、ということにどうしても納得がいかない。それをどう考えたら受け入れられるのか。作品のほとんどに多かれ少なかれそのテーマが含まれています」

 転機となった『海うそ』は、まさに「喪失」と対峙した一作だ。主人公の若い地理学者・秋野は、許嫁を亡くし、父と母を相次いで亡くし、恩師を亡くして、九州の離島にやってくる。

「ビフォア『海うそ』、アフター『海うそ』と言いたいくらい、自分ががらっと変わった作品です。3・11とどう対峙するかというのが『海うそ』のテーマでもありました。あの圧倒的な喪失感を、ちっぽけな人間としてどう捉えたらいいのか。その前の作品の『冬虫夏草』を書いている時も、また同じところに来てしまったという思いがありました。でもそこは前とまったく同じではなく、螺旋運動を繰り返すように何かを目指していて、『海うそ』を書き上げた時、臨界点がきたのかもしれません。ああ、これでいい、と思えました」

『冬虫夏草』を雑誌連載時に担当していた編集者が急逝したのはそんな矢先だった。

「『冬虫夏草』はその土地限定の地霊を招喚するような非常にローカルな物語でしたが、彼女はいつも土地の人と連絡を欠かさず、私を繋いでくれていました。彼女自身、舞台となった地域を“第二の故郷という気がする”といっていたほどでした。彼女の存在がなければ『冬虫夏草』は別の形になっていたでしょう。圧倒されるほど生きるエネルギーに満ちあふれ、最後の最後まで仕事を続けていました。それだけに訃報を聞いた時はさすがに動揺し、混乱しました。何へともわからない怒りのようなものも。けれど、それでもしばらくして、ありふれたいい方ですが“あなたの分まで生きていく”としかいえないような思いが湧いてきたのは、『海うそ』後の出来事だったからだと思います」

『冬虫夏草』も『海うそ』も、どこか死を悼む巡礼のような物語だった。長い巡礼の果て「生きること」に向き直ったその時に生まれたのが、たくさんの命が響きあうみずみずしい物語、『岸辺のヤービ』だった。

梨木香歩
なしき・かほ●1959年生まれ。主な著書に『西の魔女が死んだ』『裏庭』『家守綺譚』『冬虫夏草』『海うそ』『ぐるりのこと』『水辺にて』『渡りの足跡』など。

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