自分の居場所がどこにもない…。現代人の哀しみを描いたかのような、異色のタイムスリップモノ『サムライせんせい』が、胸に染みる!

マンガ

公開日:2015/9/5

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『JIN-仁-』『テルマエ・ロマエ』など、エンタメ市場には、タイムスリップをテーマにした作品がたくさん存在する。けれど、主人公の境遇に、こんなにも胸が締め付けられる作品があっただろうか。『サムライせんせい』(黒江S介/リブレ出版)である。

 本作は、BLや少女漫画など、ジャンルを超えて活躍する中村明日美子氏も大絶賛したという、新たなタイムスリップモノ。胸が締め付けられてしまう理由は後ほど説明するとして、この作品、陳腐な表現で恐縮だが、実におもしろいのだ!

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 主人公となるのは、なんと150年前の江戸時代から現代にタイムスリップしてきた、サムライ。なんの因果か、気づけば現代の片田舎へと飛ばされていて、縁あって、子どもたちの塾の先生となる、というのがおおまかなストーリーだ。

 と、ここまで読んで、「どうせ街の人たちと心を通わせ合いながら、江戸に戻る道を探すハートフルストーリーでしょ」と思ったら、大間違い! 先生(サムライの作中での通称だ)は、周囲の理解を得るどころか、自分の生き方や考え方が時代とそぐわないことから、徐々に疎外感に包まれていくのだ。

 先生を助けてくれた元・教員の佐伯さんはこう言う。「人々はあなたに対し“自分を昔の武士だと思い込んでいるおかしな人”だと思うでしょう。嫌な事や不便に思う事も多いでしょうが、戻れるまでの辛抱です」。そして、その言葉通り、先生は嫌な思いばかりすることになる。

 「可哀想な人」とコソコソ噂話をする者、「イカレ野郎」とあからさまな敵意を向けてくる者、先生を見てただただ笑い飛ばす者…。佐伯さんの孫・寅之助に至っては、「サムライコスプレ野郎、出て行けよ」と、先生を1ミリ足りとも受け入れようとはしてくれない。そんな状況で、先生は居場所も自信も失い、早く元の時代へ戻りたいと願うようになるのだ。

 自分の意見や考えが真っ向から否定され、聞き入れてもらえない。これはタイムスリップしてしまった先生に限らず、現代に生きるぼくらにだって起きうることだ。学校、会社、友人グループ…、さまざまなコミュニティに生きるぼくらは、しばしば疎外感を受けることがある。そのときの寂しさ、悔しさを知っている人ならば、「現代」という最も広いコミュニティのなかで孤独感を味わう先生の苦悩が理解できるだろう。ぼくは思わず涙してしまった…。

 そんな先生はついに塾も辞め、佐伯さんの家から出て行くことを決意するのだが、その矢先、事件が起こる。塾の生徒たちが数人、行方不明になってしまうのだ。どうやら、彼らは山の奥へと入ってしまったよう。そして、そこには殺人の容疑で指名手配されている男が潜んでいて…。はたして、先生は子どもたちのために正義の拳を振り上げるのか。そして、その結果、周囲の人間たちはどう変わっていくのか。もー、先が気になって仕方ない!

 ちなみに、先生の名は、武市半平太。そう、実在するサムライなのだ。彼は土佐藩を仕切り、尊王攘夷運動の中心的役割を担った人物。そして、最終的には切腹を命じられ、その生涯を終えたという。本作がその歴史的事実をどこまで追いかけるのかわからないが、現代を生きた先生が史実通りに自ら命を断ってしまうのか、もしくは歴史は変化するのか、非常に興味深い。9月10日には、待望の第2巻が発売されるというから、サムライ先生の生き様を、ぜひチェックしてみてほしい。異色のタイムスリップストーリーに、胸が苦しくなってしまうはずだ!

文=前田レゴ