「いつも傍らにコーヒーと本」特集番外編

特集番外編1

更新日:2015/9/8

「いつも傍らにコーヒーと本」特集番外編

特集内では、本とゆかりの深い街の個性的な喫茶店&カフェを多数紹介したが、WEB番外編では、その中から京都をピックアップ。
インタビューの際にうかがったことで、本誌記事に盛り込めなかったことをWEBではアップした。

店主の方々それぞれに、コーヒー店の店主にたどり着いた奥深いストーリーがあって、それが実に面白かった。

京都コーヒー物語

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エレファント ファクトリー コーヒー

 エレファント ファクトリー コーヒーには、カウンター席が8席、4人掛けのテーブル席がふたつ。カウンターは、壁に向かっている。店主の畑啓人さんは「差し向かいのカウンターにすればよかったんじゃないか」と、開店して8年経った今でもふと考えることがあるらしい。「本を読むこと、旅すること、人と話すこと。この3つを僕は大事にしていて、コーヒーと本とは切っても切れないものだと思ってきました。本は自分には経験しようもない考え方を教えてくれますし、想像力も鍛えてくれる。いまだに青春18きっぷで旅してみたりするのですが、わざとカウンターしかない店に入って、その店の店主やその土地の人たちと話をするんです。そうすると錯覚かもしれないけど、自分の幅がちょっと広がったような気がするんですね」。この店のカウンターは差し向かいではないけれど、一杯のコーヒーを通して気持ちは差し向かいのつもりでいる。「以前は出張であちこち飛び回っていたのが、コーヒー店の店主になったら真逆で、毎日毎日同じ場所でコーヒーを入れる。ある意味、ルーティンの仕事なので、5年めくらいの頃は、これがずっと続くのかとつらい時期もありました。でもやっぱり、その繰り返しの作業の中に何を見つけるかなんだなと、最近やっと感じられるようになって」。店を開けて最初にかける音楽は決まっている。スラヴァの『アヴェ・マリア』。「さあ、今日も神聖な気持ちで一日を始めよう。スタートの一曲です」。

通りがかりにふらっと入る店ではなく、わざわざ来たくなる店にしたかった。
店内の古書のセレクトは京都のネット古本屋「古書ダンデライオン」が担当
中煎りブレンド(cup650円)

【Shop Data】
住所:京都府京都市中京区蛸薬師通東入ル備前島町309-4 HKビル2F
TEL:075-212-1808
営業時間:13:00 ~翌1:00 ※夜12:00以降入店可
休:木

 

月と六ペンス

ひっそりした隠れ家のようなたたずまいも魅力。

 コーヒー店の店主は寡黙だ。たまたま今回、京都で取材した4店がそうだったのかもしれないが、彼らは基本的にひとりで店をやっていて、ひとりであることに特別な価値を見出していた。
「月と六ペンス」の店主・柴垣希好さんは言う。「昔から喫茶店はしたかったけど、僕はまったく社交的じゃないんですよ。だからひっそりとやりたかった。ひとりになれる場所をつくりたい。ここなら自分がやりたいことができる気がしたんです。本がたくさん置いてあるからって、別にブックカフェのつもりはなくって、ひとりで過ごす場所で本に囲まれているって、みんな、好きやと思うんですよ。本は、ここで静かに過ごすための道具くらいに思ってくれたらいい。そんなことしたら回転が悪くなるとよく言われるんですが、逆に回転がいい店は僕がついていけない(苦笑)。ひとりで来て、2~3時間、くつろいでいってくれるのが理想」。

 本棚からこの店らしい一冊を選んでもらった。「昔から好きだったのは93歳の孤高の日本画家の著書『堀文子の言葉 ひとりで生きる』。“群れない、慣れない、頼らない”とか、ハッとする言葉が多い。あとはトレイシー・E・ファーンの絵本『変わり者ピッポ』とか。孤高であることを恐れないという話です」。この日、流れていた音楽は青木隼人の『ギターソロ』。アコースティック・ギターだけのミニマムな旋律がこの店がどんな店かを物語るようだった。

オリジナルのブックカバー。手紙を書きたい人には便箋も用意
コーヒーは上賀茂で喫茶店を営む父譲りの深煎りコーヒー(480円)

【Shop Data】
住所:京都府京都市中京区二条通高倉西入ル松屋町62杉野ビル2F
TEL: 090-9058-8976
営業時間:12:00~20:00
休:日祝

 

アイタルガボン

カフェアメリカーノ(430円)
ランチタイム(11:30 ~ 15:00)のパスタセットは980円
店名の「アイタル」とはジャマイカの言葉で「生命力に満ち溢れた」。レゲエ好きの店主が想いをこめた造語

 アイタルガボンには、実にたくさんのエスプレッソのメニューがあるので、飲んだことないものを頼んでみることにした。「カフェアメリカーノ・ロマーノ」のアイス480円。メニューにはこう書かれている。「アメリカーノにレモンピールを添えています。レモンのさわやかな香りがふわりとただよい、リフレッシュするのに最適な一杯」。ね、なんだか飲んでみたくなりませんか。漆黒のエスプレッソのグラスのふちに、ひょいとひっかけられたレモンピールの黄色が色鮮やかな一杯。「エスプレッソに柑橘はよくあうんですよ」と店主の唐井さん。エスプレッソはブレンドでいれるのが一般的だけれど、この店にはストレート豆でいれるエスプレッソもある。豆をちゃんと選べば、ストレート豆でも美味しいエスプレッソになるのだそう。アイタルガボンには、しかし「こだわりの店」的な堅苦しさはまるでない。エスプレッソだけにこだわれば、客の回転率を上げるため席数も増やさなければならない。自分たちが本当にやりたい店、譲れないことは何なのか、そこでもう一度考えた。本棚には手塚治虫の『火の鳥』や浦澤直樹の『MONSTER』など「読み始めたら止まらないマンガ」がずらっと並んでいるけれど、それだって自慢の太麺パスタを茹でるにはちょっと時間がかかるので、その間、お客さんが退屈しないようにと思ったからだ。この日かかっていた音楽はインディーズ。北里彰久によるソロユニット、Alfred Beach sandalの『One Day Calypso』。お客さんが持ちこんだというそれは、やっぱりゆるくて一本筋が通った、いかしてるヤツだった。

表通りから一本入った路地裏のカフェ
最初はなかった書棚も増設。お客さんに歩み寄りながら、理解してもらいながら、今のかたちができていった

【Shop Data】
住所:京都府京都市上京区中町通丸太町上ル俵屋町435
TEL:075-255-9053
営業時間:11:30~22:00 LO 21:00
休:不定(ブログ・ツイッターで随時案内)

 

ハイファイカフェ HiFi Cafe

 ハイファイカフェには、本棚とアナログレコードの棚がある。店主の吉川さんが学生時代から集めたアナログレコードはノンジャンルで約4000枚。時には、手回しの蓄音機でSP盤も聴かせてくれる。場所だって一保堂や進々堂がある木屋町通からすぐなのに、なぜかいつもすいているらしい。その理由はたぶん、職人気質の店主・吉川さんの商売っ気のなさにある。
作家のいしいしんじさんいわく「十日戎に行って、家内安全を祈願してきた人なんですよ。そんな人、聞いたことないでしょ(笑)」。「商売繁盛で笹持ってこい!」の十日戎様もビックリである。店の看板も見かねたお客さんがつくってくれた。常連客には、実は同業者や書店・レコード店主も多い。

 吉川さんは言う。「うちのショップカードを自分の店のカウンターの一番いいところに置いてくれてあって、なんでそこまでしてくれるんだろうと。京都の人たちって、気に入ってもえたら同業者だろうと関係ない。とことん応援してくれる。世知辛い都会暮らしで、そういう気持ちを忘れてたなって反省しました(苦笑)」。

ブレンド各種 500円

 4周年を迎えたその日、ハイファイカフェはこの店を愛する人たちで溢れかえった。吉川さんはいつものように丁寧に丁寧に一杯15分かけて珈琲をいれたので、2時間待ちも当たり前。でも誰も文句は言わない。この店らしいレコードを一枚、選んでもらった。『ナット・キング・コール/ コール・エスパニュール』。アメリカ最高の声でラテンの名曲が唄われる。英語訛りのスペイン語もなんのその、針を落とせば幸福が部屋の空気を満たします。

【Shop Data】
住所:京都府京都市中京区藤木町41-2
TEL:075-201-6231
営業時間:月~金12:00~19:00 土日祝10:00~19:00
休:不定休

取材・文=瀧 晴巳、写真=迫田真実