夢と現実との間でもがく2人の男のミステリー

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

何を犠牲にすれば、夢に手が届くのだろう。何の悩みも葛藤もなく、大志を実現させた人などいないに違いない。この物語の登場人物は政治家になるという自らの願望を実現させるために、殺人を犯す。しかし、それは夢のために赦されることなのか。大切なのは、国家か1人の命か。堂場瞬一氏著『』(集英社)は読む者に哲学的な問いを突きつける。

』は、平成という時代を背景にしながら、1つの殺人事件の展開を追うミステリーだ。平成という時代の流れとともに、登場人物たちは変化していく。

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政治家になる夢を持つ大江と、小説家になる夢を持つ鷹西は、学生時代から夢を語り合う同志だった。平成元年、大学を卒業した2人は、それぞれ大蔵省官僚、新聞記者として働いた後、それぞれ夢を叶えることに成功する。しかし、作家として大成した後、記者時代に経験したある事件を追い始めた鷹西は、調べれば調べる程、親友の大江が疑わしいことに気が付き始める。

平成という時代は、後世の人たちにどういう視点で振り返られるのだろうか。この物語は、「平成」という時代を照射しながら物語が進んでいく。バブル崩壊、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、ウィンドウズ95の登場から続くIT革命、そして3.11…。その時々の空気を見事に描き切り、惹き込まれる。情報が世の中に溢れるようになり、次第に綻んでいく人と人との絆。ITの登場により変わりゆく、人と人とのコミュニケーションの手段。登場人物の葛藤と成長する姿に、いつのまにか平成という時代を振り返っていることに気づかされる。

政治家になる夢を持つ大江は、冷静に夢への道を歩み続ける。政治家だった父親の後を継ぐ形で立候補してしまえば、簡単に実現可能だったが、彼は、自分の足で立ちたいと他の反対を押し切り、しっかりとした準備ができるまで、出馬しようとしない。その準備の甲斐があってか、政治家の夢を果たした後、彼は他の政治家と異なるクリーンなイメージで躍進していく。その一方で、鷹西は、小説家という夢を持ちながらも、新聞記者として小説を書く時間を失っている。

大江が殺人事件の犯人らしいと気づいた鷹西はどう大江に立ち向かっていくだろうか。かつて親友同士だった2人はどう向き合うのか。手に汗握る展開に、クライマックスまでハラハラさせられてしまう。友人と夢を誓い合ったことのあるすべての人に届けたい物語だ。

文=アサトーミナミ