耳で読む本「オーディオブック」が楽しい理由 ―誰にでも読書する楽しさを届けたい

文芸・カルチャー

2015/9/11

 子どものころ、父親や母親の膝の上で、あるいは布団の中で寝かしつけられながら本を読み聞かせてもらった、という思い出を持っている人は多いだろう。成長するにつれ、本を耳で読む習慣は、好きな音楽を聴く習慣に取って代わられてしまいがちだ。

それを復活するきっかけとなるサービスが日本に上陸した。それがKindleでおなじみのAmazonが7月に開始した「オーディオブック聴き放題」サービスだ。

これは、スマホに専用アプリをインストールすれば、毎月1500円の定額で耳で読む本「オーディオブック」が聴き放題になるというもの。提供しているのは世界最大のオーディオブック事業を営むAudible。同社を傘下に置くAmazonアカウントでログインでき、初回登録後1カ月間は無料で試せるため手軽に始められそうだ。

このAudibleに国内向けコンテンツを提供しているのが、日本最大手のオーディオブックストア「FeBe(フィービー)」を展開しているオトバンクである。

オトバンク会長 上田渉さん

2015年4月に協議会が発足したこともあり、何かと話題のオーディオブック。そこで、Audibleとの業務提携を開始したオトバンク創業のきっかけ、立ち上げまでの長い道のり、録音図書との違いなどを会長の上田渉さんにインタビューした。

きっかけは本好きだった祖父の姿

オトバンク創業のきっかけとして欠かせないのが上田さんの「祖父」の存在。仲が良く、その家に遊びに行っては何をするでもなく祖父のそばにいたという。

そんな上田さんが最もよく覚えているのは、「戦後間もない時代にラジオを聴く人のように、テレビのすぐ脇で一心に耳を傾ける祖父の姿」。「緑内障で視力を失っていた」というその祖父の書斎にはかなりの数の蔵書があったそうだ。

「祖母がきちんと片付けていたので、整頓されていました。でも……」と上田さんは一瞬悲しそうな表情をし、こう続けた。「本がホコリをかぶっていて、明らかに長いこと読まれていないんだな、と。机の引き出しには、すぐ使える場所にルーペがありました。失明する直前まで、その最後の最後まで本を読もうと祖父が格闘していたんだな、ということが手に取るように分かりました」(上田さん)

「祖父は燃料について研究する科学者でした」と上田さん。研究に関する書物だけでなく、大判の絵巻物のような『源氏物語』などもあったため、蔵書は多かったという。本を愛してやまなかった祖父が、視力を失い、自由に本を読めなくなってしまった……。そのことが「視覚に障害のある人たちのために何かできないだろうか」と上田さんに考えさせるきっかけとなったのだ。

出版社や著者からの信頼を得るために

祖父から影響を受けて自身も本好きとなった上田少年はやがて青年になり、大学在学中、目の不自由な人のためにできることを探していた。そのため、盲学校に足を運んで話を聞いたり、障害者向け機材を体験したり、対面で朗読をするというNPO法人立ち上げに向けて仲間集めを行ったりしていた。

ところがそのうち、「NPO法人では、できることが限られてしまう。何より大人になってから“聴く”文化のない日本人に影響を与えるには、インフラとして社会に広く普及させる仕組みが必要だ」と考えるように。こうしてスタートしたのがオーディオブックを送り出すための会社・オトバンクなのだ。

しかし、目の不自由な人が耳で「読む」ための本として、録音図書がある。オーディオブックとの違いはどこにあるのだろうか。

「障害者の方が無料で借りられるよう、ボランティアスタッフが無償で朗読音声を吹き込んだものが録音図書です。それに対し、プロによる朗読で、目の見えない方だけでなく見える方でも楽しめるのがオーディオブックです」と上田さん。制作には、著作権上の課題をクリアしていく必要はあるが、サービスを受ける側からのリクエストに応えやすいというメリットがあるとのこと。

とはいえ、会社があってもコンテンツがなければ意味がない。理解やなじみの薄いオーディオブックを制作するには、出版社と著者からの許可を得る必要があったが、出版社にとって自社で刊行している作品は子どものように大切な宝物。「どうしたら信頼を得て、それを預けてもらえるだろうか」と考えたという。

そんな上田さんがまず訪ねたのが岩波書店。理由は、そのとき既にカセットブックを数多く出しており、ファンであるというミヒャエル・エンデ著『モモ』を刊行していたからだとか。何度もアポを取っては足を運ぶということを繰り返すうちに、信頼して任せてもらえるようになったという。

そうして現在オトバンクでは、他社の作品も合わせ、1万3000タイトルのオーディオブックを取り扱うまでに成長した。

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