「欲望に流される方が人生は楽しい」恐怖と官能の作家・花房観音インタビュー | 夏のホラー部第6回
公開日:2015/9/12
婚活連続殺人事件をモチーフにした『黄泉醜女(ヨモツシコメ)』(扶桑社)が話題を呼んでいる作家・花房観音さん。欲望に突き動かされる人間の姿を、ときに恐ろしく、ときにいやらしく描き出す魅惑の作品世界は、ホラーファンからも支持を受けている。創作の原動力、波瀾万丈すぎる人生、バスガイド時代の恐怖体験までを語った、特濃インタビューをお届け!
――花房さんが怪談好きになった原体験とは?
花房:わたしは出身が兵庫県の豊岡という田舎町で、実家の庭に古い蔵が建っていたんです。子どもの頃、よくその中に閉じ込められました(笑)。蔵の中は完全な暗闇で、怖くて泣き叫んでいるとお祖父ちゃんがこっそり助けにきてくれるという。あの暗さはものすごいトラウマですね。そのくせ、今では暗闇が好きで、実家に帰るとふらっと入ってみるんですけど、お祖父ちゃんの軍隊時代の帽子や旗、古い食器なんかがまだ残っていて、独特の雰囲気があるんですよ。
――どうして閉じ込められたんですか?
花房:親の言うことを聞かない子だったんです。妹も弟もそんなことはないんですけど、わたしはわがままだったので。山に連れていかれて、父親に捨てられかけたこともあります。もちろん本気で捨てるつもりではなかったんでしょうけど(笑)。
――フィクションのホラーや怪談から受けた影響は?
花房:実家の仕事の関係で、雑誌に載っていた少女マンガ、少年マンガはほとんど読んでいました。そこで読んだ楳図かずおさんとか、古賀新一さんの恐怖ものは、本当に恐ろしかったですね。楳図さんのページだけ指で挟んで、開かないようにして別のマンガを読んだり。そういえば、少年マガジンか何かで、血みどろの洋館に双子の女の子がシンメトリーに立っている、というグラビアが載っていて。
――おお、それはまさか!
花房:そう、ホラー映画の『シャイニング』だったんですよ。20歳くらいになって分かるまで、あれは何だったんだろうとずっと不気味でした。田舎だったのと、両親が真面目だったのとで、京都に出るまでほとんど映画って観たことがなかったんです。