既存の遊女モノとは「何かが違う」 遊里をたくましく生きた少女の物語

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

「吉原の遊女が主人公か~。題材がありきたりなんだよね。もう出尽くしてるっていうか。それで新人賞とか、よく受賞できたな~」というのが、読む前の率直な感想である。

読後、この小説をなめていた自分を、過去に戻って殴りたくなった。

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既存の遊女モノとは「何かが違う」。それが第1回 本のサナギ賞大賞を受賞した『滔々と紅』(志坂圭/ディスカヴァー・トゥエンティワン)である。

ディスカヴァー・トゥエンティワン主催の「本のサナギ賞」とは、現役の書店員さんと出版社代表による38名に、「この作品を世に出したい!」と感じたか否かを選考基準として、創設された新しい新人賞である。

大賞受賞作には「初版2万部」での出版が決定されている。新人賞の名称には、作品を「サナギ」から「チョウ」へ、つまりベストセラー作家へと華麗に変身してほしいという想いが込められているそうだ。

そんな「本のサナギ賞」の大賞を受賞した本作。まさしく「世に出したい!」と感じられる作品だった。

物語のあらすじは、飢饉の村から売られて来た少女・駒乃が、「苦界」「地獄」と称される遊里で、多くの困難を乗り越えながら、持ち前の気丈さで強く成長していくストーリーだ。……これだけ書くと、既存の遊女モノと同じではないかと思われるかもしれない。

この作品の一番の魅力は、主人公駒乃をはじめ、たくましく、生き生きとした吉原の女たちが多く登場することだろう。実に多くの女性たちが、遊里という特殊な環境で、それぞれの想いを抱きながら、「自分らしく生きている」と感じられた。

禿(かむろ)として働く幼少の駒乃の面倒をみた翡翠(かおとり)花魁。
遊女たちを束ねる遣手(やりて)のお豊。
駒乃の友人、先輩遊女の朱美。
花魁となった駒乃を慕う禿のなつめ。

その他にも多くの遊女たちが出て来る。その行く末は様々で、身請けされて幸せに暮らす者、好きな男と心中する者、遊郭からの逃亡を図ったが、捕まって殺される者、刃傷沙汰に巻き込まれて斬殺される者……、みながみな、幸せになれるわけではない。そんな状況でも、登場人物は「生き生きと」感じられる。

それはきっと、この物語のキャラクターが読者を引き込ませる「リアリティ」を持っているからだと思う。

この作品には、100パーセント良い人間も、100パーセント悪い人間も出て来ない。人を羨んだり、金儲けを企んだり、人気花魁におべっかを使ったり、時には情に流されたり……。実に人間くさい登場人物ばかりなのだ。

もしも自分が売り飛ばされて遊女になり、重たい借金を背負いながら、客を取って生活をしていかなければならなかったら、「きっとこんな人間になるだろうなぁ」と思わせる人物が誰しも一人はいるのではないか。

そのリアリティさが、悲哀と苦悩に満ちた遊郭を舞台に描きながらも、この物語を読んだ後に、明日への活力をもらえるような元気を与えてくれるのだと思う。

更に、この作品には実に多くの「死」が出て来る。

駒乃の生まれた村では、飢饉により大勢の人間が死んでいる。駒乃を引き取りに来る女衒(ぜげん)がこの村に現れるところから物語は始まるので、冒頭から既に、数えきれない「死」が活写されているのだ。舞台が遊郭に移ってからも、病にかかり、身体極まった遊女は自殺をし、足抜けをしたが連れ戻されてしまった女は井戸に身を投げる。

多くの「死」を描きながらも、この物語は決して読者の気持ちを落ち込ませたりはしない。残酷な遊郭の現実を描きながらも、ユーモラスな展開さえある。

駒乃の人間らしいたくましさが、読後感を悪くしない大きな一因でもあると思うが、「死」を描くことによって、むしろ生き生きとした「生」を際立たせているのではなだいろうか。そう思わせる展開と、作者の鍛えられた筆力を感じた。

災害、原発問題、テロリストや難民問題などで逼迫する国際情勢、心ない殺人事件……。決して明るい話題ばかりではない殺風景な現代だからこそ、本作が与えてくれる「力強い明日への活力」が求められた。

この作品が本のサナギ賞を受賞し、「世に出た」ことは、偶然でも、特別なことでもないように思える。

文=雨野裾