35歳雑誌編集者の地獄の恋愛に心がえぐられる! 渋谷直角が『奥田民生になりたいボーイ~』で伝えたかったこと

マンガ

更新日:2015/9/25

 名の売れた人が何か事件を起こし、メディアで報道され、それに対して人々が意見する。本記事執筆現在、五輪エンブレムのデザイナーがパクリ疑惑でバッシングされ、堀北真希が40通ラブレターをもらって交際0日で結婚した。もしも、“清純派”と言われている堀北真希が身近な人だったら? あるいは、自分が堀北真希だったら? 表に出ていない事情を知っていたとしたら? 『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』(渋谷直角/扶桑社)では、「(世の中の)一つの情報だけで善悪が判断されて、加速していく感じのコワさ」が、恋愛や仕事、人間関係といった様々な面でこれでもかというほど描かれている。

物事の片面だけを見ていたら、何も分からない

渋谷直角氏

渋谷直角氏(以下、直角) 主人公のコーロキ(雑誌編集者)が仕事のトラブルからネットで炎上するシーンが出てくるのですが、Twitterにあることないこと書かれたのがTogetterにまとめられ、コーロキの所属する編集部が世間から叩かれて次第に尾ひれがついていきます。でも、当事者や現場には様々な事情や誤解、捉え方の違いもあったりするわけで、その表面に見える事象だけで、想像するでもなく判断されて、切り捨てられてっちゃうコワさがありますよね。

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――表から見える部分と、実際の部分のズレ。コーロキが、天海あかりを取り合うシーンも、コーロキたちと天海の言い分がズレていますよね。

直角 恋愛の、しかもあんまりうまくいかないパターンっていうのも、そういう「本当は違うのに」感は似ていたりしますよね。天海に夢中になった男たちが、彼女を「救いたい」、「寄り添いたい」という趣旨のことを言う。だけど、天海本人は自分で自分の生き方を選択して生きているだけで、そんなこと望んでいないんですよ。ぜんぶ男の思い込みで言ってる。

――でも、読み終わっていくら考えてみても、天海の恋愛観はよく分かりませんでした(笑)。

直角 「結局わからなかった」ってキャラクターにしたかったんです。「やっぱ分かんなかったな」、「いくつになっても分からねえな」という手強い存在で。だから男は掴めなくて、よけいにハマっちゃう。「実はこういう子で、こういう過去があるから彼女はこうなんだ」という浅い分析を登場人物もするし、それでコントロールしようともするんだけど、でも、それも彼女本人にとっては全然見当違いだし、みたいな。彼女自身が「理解はいらない」って言うのもそれで。「分からない」ってことが「答え」だったとしても、それはそれでいいんじゃないか、と思いました。どう取っても……、どう捉えてもいいようにしておきたいというか。それは天海だけに限らず、一冊全体、そこがグルグルしていて。

――天海のような人って、実際にいるんですかね……? どなたかモデルになった人はいるのでしょうか?


直角 こういう女性がいるらしい、というのは話に訊いたことがありますけど、特に「誰か」を描いた、ということはないです。でも、もしかしたら、どこかにドンピシャで似てしまっている人はいるかもしれないですね。以前出した『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』(扶桑社)でも、「あの人に顔もキャラも完全に同じだ」って言われたりしたんですよ(苦笑)。僕は全然知らない人だったのに、たぶんその人にはムカつかれている。

――コーロキが奥田民生に憧れている、という設定になったのはなぜでしょうか?

直角 僕自身が奥田民生を好きだし、憧れているけど、なれるもんじゃないという認識でいたんですよ。自分がああいう風になるのは無理だなと、思っていた。でも、5年くらい前かな。ライターとして奥田民生さんに取材したんですが、そのとき、20代の頃に取材したときと、違う感覚があったんです。20代の頃に取材したときは、奥田民生さんと自分は全然考え方が違うなあ、と思っていたんですが、5年くらい前の取材では、奥田民生さんの言っていることが分かるようになって。あの人の「ムリしない生き方」みたいなことが、実感として共感できて、あれ? 意外と近づけるものなのかな? と。もちろん才能とかそういうものは完全に除外しての話ですけど(笑)。それで、SPA!でこの漫画の連載の話をいただいて、そのことを思い出して、テーマにしてみようかなと。自分と同世代であるSPA!読者(35歳~40歳)にとっても、奥田民生って一つのロールモデルでもあるみたいなんですね。なのでテーマ的にSPA!にも合うかも、ということでGOがでました。ほかの雑誌で奥田民生の漫画描きたいって言っても、通らなかったんじゃないかと思いますね(笑)。

毒性が強い漫画なので、嫌な人だと誤解される

渋谷直角さんご本人

直角 発売後、わりと周りの人に「何があったんですか?」と聞かれて、結構へこんだんですよ(笑)。別に天海のような女性に酷い目に遭わされたわけでもないですし、誰か特定の人の何かを暴露しようと思っていたわけでもないんですが。「創作物」としてあんまり見てくれないのか、とか。

――細部までリアルに描いているから、そう見えてしまうのかもしれません。

直角 そこは結構こだわっている部分で、僕が好きな60年代~70年代の劇画は、自分のよく行く喫茶店とか聴いてるレコードとか芸能人の名前とかガンガン出てきて。そういう、自分たちの現実世界と漫画の世界が、地続きになっているものが好きなんです。同じ世界に生きていてほしいですね。

――TwitterやTogetterがものすごくそれっぽいですよね。画面を見ながら全部模写したような。

直角 インターネットが漫画に出てくることは今までにもあったけど、ネットで炎上しているのを見ているときの、あの、見る側のどんよりとしてくる感覚を、もっと共有したい、と思って。ページに表示される広告とか、関連リンクとかまで書き込んで、画面全体でうわー……と思うような。本の前半でTogetterが出てくるシーンは、SPA!の連載されたときのものをそのまま載せているので、関連リンクに「佐村河内守」のネタとかが出てきます。単行本に収録するときにちょっとネタ的に古いから直そうかとも思ったんですが、このままのほうが時代感が出ていてリアルかなと。

――そういった細かい部分の描き方から、ストーリー展開に至るまで、フィクションだけどフィクションに見えないです。

直角 現実感のある描写だと、「原稿を待っている編集者」のシーンは、「コレ、自分が描いていいんだろうか?」と思って、このシーンのあたりでピタッと描けなくなりました。僕も遅いので、普段待たせている側なのに、待っている側の気持ちで描く、っていうのがツラくてツラくて(笑)。「遅らせてもいいんだ」みたいな結論にはできないし、でもどっちの気持ちもわかるし……という。

――リアルにこだわるところとか、作品自体のテーマとか、漫画を描く際に、臭いものに蓋をしないようにされている印象を受けます。

直角 基本的に、客観的だったり、自分の弱さとか脆さとかカッコ悪さをずっと見つめていたりするようなところがあって、それが漫画としては毒性が強く見えてしまいがちなのかな。だから、嫌な人なんだろうな、って思われてしまうこともあるみたいですが……仕方ないですよね。

――実はすみません、お会いするまで、少しそう思っていました……。

直角 でも、変だな、とか、おかしいな、って思うことを形にしちゃうほうが素直な人に……、思えませんか?(笑)。


 皮肉にも、「物事の片面だけでは何も分からない」と本作で伝えている渋谷直角氏自身が、作品のその毒性の強さから人となりを誤解されている。人がいかに矮小な視点でもものを見ているか、を著者自身が作品を通して体現しているのだった。

取材・文=朝井麻由美