『デイリーポータルZ』編集長が明かす一生懸命やらないために全力で“努力する”方法

ビジネス

公開日:2015/9/23

 読み物や作品など、何かを作るにあたって、真面目で人を感動させるものを作るのと、ゆるく力が抜けていて面白いものを作るのと、どっちが難しいだろうか。私は、圧倒的に後者のほうが難しいと思っている。

 真面目で感動させるものは、一定の“正解ルート”があるからだ。それがありきたりで使い古された手法だと分かっていても、感動させられると決まった定型文に沿って作れば、やはりどうしたって涙腺を刺激される。『3年B組金八先生』(TBS系)は、生徒が問題を起こし、そのたびに金八先生が見捨てることなく付き合い、その姿に胸を打たれた生徒が改心して、泣く、これを30年間繰り返した。定型があるのは、涙を流す類のものに限ったことではない。キレイな景色、努力して達成した何か等々、雑なまとめ方をすると、Facebookで「いいね!」を集めそうなものたちのことだ。これらの感動の手法にのっとれば、“大感動”まではいかずとも、“そこそこの感動”であれば誰だって作り出せるはずである。

advertisement

 一方で、ゆるくて面白いもの、はどうだろう。ただゆるいだけでは、手を抜いただけ、に見えてしまう。本当は絵が上手い人の描く“ヘタウマ”的な絵は作品として成り立つが、ただ絵が下手な人が下手な絵を描いたところで、それはヘタウマではなく、ただの下手な絵だ。一見ゆるく見えるものをコンテンツとして成り立たせるには、人が思っている以上に技術を要する。

『デイリーポータルZ』の編集長・林雄司さんは、まさにそれを体現する人だ。と言うと、本人は全力で嫌がるのかもしれないが、真面目に、努力して、評価される、という大多数の人が正解のルートとして進もうとする道を、全力で逃れようと“努力している”のが林さんである。『会社でビリのサラリーマンが1年でエリートになれるかもしれない話』(扶桑社)には、その一生懸命やらないために全力で“努力する”ためのメソッドが紹介されている。

 そもそも、『デイリーポータルZ』は、ニフティの社員として働きながら、社内失業状態で(ほぼ)勝手に始めたサイトだという。今では固定ファンも抱える人気サイトになっているが、数年前にそれを受けて、社内で重点的に推していくサービスにしたい、という話が出た際も、「絶対にやめてください」と断ったのだそう。その理由は、特別扱いされたらやっかむ人が現れてやりづらくなったり、真面目に努力する必要が出てきて早起きしなければならなかったりするから。

 林さんのメソッドを読んでいくと、一つの共通点が見えてくる。基本的に何事も“見せ方”次第、ということだ。特に、頑張るのが嫌すぎるあまり、頑張っていなくても“それなりにやっている風”に見せる演出に長けすぎてしまったのだ。例えば、「朝、出社したくないときの小技としてこんなものが出てくる。

「(ホワイトボードに)適当なアルファベット3文字を書いておくとバレにくいですよ。FSB、KNY、YKN。人は行き先に英字3文字が書いてあるとそう略す取引先があるのかなと思ってしまうものなのです。しかも知らないのは自分だけだと思うので、あれ何?となかなか聞きません」

 FSBは富士そば、KNYは紀伊國屋書店、YKNは代々木公園のことだそうだ。林さんの考える、会社に行きたくないときに行く3大スポット。

 慌てている風に見せたいときのメールのテクニック、なんてものもある。

「すいませn急いでお見積書をお送りいたsます」

 慌てて変換すらおろそかになっている雰囲気を出すのがポイントだ。

 こういった、頑張らないための見せ方が、コンテンツ作りにも活かされているのだろう、と言わざるを得ない。テキストコンテンツの見せ方の例として以下のようなものも紹介されていた。

楽しみだ→10分しか経っていないのに時計を2回見た
悲しかった→整理がつかないので友達に電話した
楽しかった→毛穴が開いた

 なお、本書は『世界のエリートは大事にしないが、普通の人にはそこそこ役立つビジネス書』(扶桑社)の好評を受けて、文庫化されたもの。文庫化にあたっていくつか書き下ろしで追加されていたメソッドもあるのだが、これもまた見せ方の巧みさが光っていた。例えば「よくわからない言葉でほめる」というもの。「カッチカチな写真ですね」、「小走りな感じの企画ですね」とでも言っておくと、とりあえず何も言わずにわかっている雰囲気にすることができるのだという。

 確かに一見、ただゆるく力を抜いているように見えるが、これらのメソッドはいずれも、どう見せれば人が評価して、どう動けばどう見えるのかを熟知していないとできない代物だ。それはもしかしたら、真面目に努力をするよりもずっと難しいことなのではないだろうか。

文=朝井麻由美