妖怪マンガの巨匠・水木しげる描く『日本霊異記』にナントご本人登場!

マンガ

公開日:2015/9/21

 高齢化に伴い、「70歳でも現役で働く」なんてのは、昔ほど驚かれることじゃないのかもしれない。今の老人は本当に元気だと思う。けれど、93歳にして新作マンガを執筆するのは、ちょっとすごすぎる。水木しげる先生、いつまで現役なんですか?

 そう問いかけたくなるほどの傑作『水木しげるの日本霊異記』(KADOKAWA/水木しげる)が8月に発売された。いくつになっても色褪せない「水木しげるワールド」を、古典を通して感じられる一級作品だ。

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 『日本霊異記』とは、弘仁13年(822年)も成立した、日本最初の仏教説話集である。上中下の三巻、116話から成り立っていて、正式な名称は『日本国現報善悪霊異記』という。著者は南都薬師寺の僧、景戒(きょうかい)。

 仏教説話とは、仏教の教えを物語として分かりやすく説明したものだ。他の僧に読ませて強化運動とし、民衆への仏教感化のために著されたものである。

 その『日本霊異記』の中から、水木しげるが「オモチロイ」と思ったものを選抜し、漫画にしたものが本作である。全7話の短編集の中で、3作をより抜いて内容を紹介しよう。

「がごぜ 元興寺」
子どもが欲しいと願っていた農夫が、ある雨の日にカミナリの子どもに出会い、赤子を授けてもらう。後日、農夫の妻が子供を産んだが、その子どもの頭には生まれた瞬間から蛇が巻き付いていた。蛇丸と名付けられた赤子は10歳になり、京の元興寺を訪れる。そこで鐘つき堂に鬼が出て、若い僧が殺されるという事件が起こっていることを聞き、不思議な怪力を持った蛇丸が見事に退治する。その後蛇丸は元興寺の僧となり、剃髪するといつの間にか頭に巻き付いていた蛇はなくなっていた。

「どくろの怪」
馬を育てて売り、それを商いにしている兄弟がいた。ある日、自分だけ馬が売れないことに腹を立てた兄が、弟を殺してしまう。その死体を竹藪の中に隠し、兄は逃げるように家に帰った。時が経ち、どくろとなった弟は、通りすがりの旅人に空洞となった目の穴にタケノコが刺さっているのが痛いと訴える。供養をしてくれた旅人に、弟は自分が兄に殺されたことを話し、「大晦日の日に自宅へ来てほしい」と告げて、消えてしまう。
不思議に思いながらも、旅人は言われた日時にその場所へ行き、弟が帰って来ないことを心配していた母親に出会う。旅人が事情を話すと、弟の幽霊が現れ、兄を追い出す。こうして報われた弟の幽霊は姿を消したという。

「鷲にさらわれた赤子」
とある村で、生後間もない赤子が鷲にさらわれてしまう。その赤子を山菜取りに来ていた女が偶然見かけ、助け出して育てることになった。8年後、鷲にさらわれた娘を探し続けていた父親がこの村に訪れ、成長した娘と再会する。娘を連れて帰ろうとするが、今まで育て続けた女はそれを了承しない。娘は迷うが、「鷲の子ども」としていじめられることを嫌い、父親と国に帰る。その後、故郷へ帰った娘は父と母と三人で幸せに暮らしたそうな。

 その他にも、閻魔大王の使いとして現世にやって来た死神の話である「閻魔大王の使い」。前世で悪いことをした人間は牛になって生まれ変わるという因縁を描いた「牛になった男のはなし」。蛇に食べられそうになったカエルを救うため、蛇の妻になると言ってしまった娘と、執念深い蛇の話「蛇執の怪」。両親を亡くして貧乏になった娘を、観音像が助ける「不思議な観音像」。魔訶不思議で幽霊やら妖怪やらが登場するのに、どこか人間くさい話が収録されている。

 作中には案内役として、ねずみ男や目玉オヤジなど「鬼太郎」のキャラクターが登場するのも面白い。鬼太郎ファンにもぜひ読んでもらいたい一冊となっている。

 だが、個人的な一番の見所は、水木しげる先生自身がマンガに登場することだろう。その中でつぶやく言葉が、なんとも深い。(セリフだけ紹介してもつまらないので、ぜひ読んで水木先生の言葉の趣に触れてほしい)。戦前戦後を経て、93歳になった水木しげるだからこそ書ける名著だ。

文=雨野裾