ヤクザが主役の異色作! 今野敏「任侠」シリーズの阿岐本組、今度は傾きかけた病院の再建に挑む

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

 今野敏は30年以上に渡るキャリアのなかで、様々な小説シリーズを世に送り出してきた作家である。代表的なのは刑事達の姿を群像劇で描く「安積班」や、キャリア警察官を主人公に配した「隠蔽捜査」などの警察小説シリーズだろう。

 しかし今野には警察とは水と油の存在、すなわちヤクザが主役を務める異色のシリーズがある。それが「任侠」シリーズだ。

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 任侠、と聞けば高倉健さんが日本刀を振り回して殴り込みをかけるみたいな、バイオレンスなお話を想像するでしょう? ところがこの「任侠」シリーズは全く違う。物語に登場するのは阿岐本組という、東京の下町に事務所を構える小さなヤクザだ。義理と人情を重んじ、地域密着で堅気の人間を大切にする阿岐本組の組長・雄蔵は下っ端から慕われる人望の厚い男だが、ひとつ困った癖があった。雄蔵には文化的・社会的な事業に貢献したいという憧れがあり、潰れかけた企業を見つけては経営に乗り出してしまうのである。そう、本シリーズは切った張ったの喧嘩などは一切ない。あるのは真面目な企業の再生物語なのだ。東映任侠映画だと思って観てみたら中身は『ガイアの夜明け』だった、みたいな気分になる小説なのです。

 第一作では出版社、第二作では高校を立て直した阿岐本組が最新作『任侠病院』で挑むのは、傾きかけた病院の再建である。雄蔵は代貸を務める日村誠司ともに理事として件の医院である駒繋(こまつなぎ)病院に乗り込むが、そこには大きな問題があった。病院の清掃などの業務を一括して請け負うシノ・メディカル・エージェンシーという会社が別の専門業者に委託し、多額のマージンを受け取っているらしいのだ。しかもシノ・メディカル・エージェンシーのバックには関西の暴力団・耶麻島組がついているという噂もある。この悪質企業との戦いが病院再建の鍵となるわけだ。

 『任侠病院』が面白いのは、企業再生という経済小説めいた趣向を用いながらも、これまでの任侠物語が幾度となく描いてきた「新旧の価値観の対立」というテーマをしっかり盛り込んでいる点である。経済活動の隙間に入り込んで金を稼ぐ耶麻島組は明らかに現代的な暴力団の姿であり、その耶麻島組に対して古い仁義を掲げる阿岐本組は憤りを覚えるのだ。

 だが先述の通り、阿岐本組は決して暴力には頼らない。巧みな交渉術と人情のみを武器に、巨大な力に立ち向かっていくからこそ、この小説は胸がすく思いがするのだ。『任侠病院』は知と情の力に限りない信頼を寄せる者たちの物語である。
 えっ、阿岐本組みたいなヤクザ、現実にはいないだろうって? そうかもしれないが、めったに出会えないからこそ、せめて小説の中にはいてもいいんじゃないのか。汚いことが多い世の中、こんな人を信じられる物語があっても、絶対に損はないと思う。

文=若林踏