本格ミステリー作家・乙一が20年越しで挑んだ  異世界ファンタジー、「アークノア」シリーズ開幕

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/18

 兄弟そろっていじめられっこのアールとグレイは、不思議な絵本『アークノア』の世界に迷いこんでしまった。[冷凍庫峠][図書館岬][ギロチン渓谷][もどかしい階段の丘][最果ての滝の部屋]……。一説によればこの世界には、910万9千109個の部屋があるという。住人たちはみな、死を知らず、老いることもない。すべては「創造主」の意志によるものなのだという。

 外の世界に戻るための条件は、自分の心が生み落とした巨大な「怪物」を殺すことだ。その使命をサポートしてくれるのが、「ハンマーガール」というあだ名のリゼ・リプトンと、犬の頭を持ったカンヤム・カンニャム。ボケツッコミの利いた会話を繰り広げながら、でこぼこパーティーは「怪物」を殺す旅に出る――。

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 このほど第2巻が刊行された『アークノア』は、第3回本格ミステリ大賞受賞作『GOTH』などで知られる乙一(おついち)が初挑戦した、異世界ファンタジーの長編シリーズだ。もともと乙一は17歳の時、ライトノベルの新人賞でデビューしている。当時のライトノベルは、異世界ファンタジー全盛だった。

「僕が小説を書くきっかけになったのは、ライトノベルの『スレイヤーズ』(神坂一)なんです。10代の頃は現実の世界よりも、物語の中に描かれた異世界のほうが身近でした。でも、それを自分で書くのは難しいだろうなと思って手を出してきませんでした。アクションものにもチャレンジしたかったんですよね。好きだったけど、これまで自分の小説ではあまりやってこなかったことを、ここで全部やってみている感じがします」(乙一

 第1巻では、250メートル級の大猿と対決。第2巻では、花柄の皮膚を持ち歯に矯正具を付けたドラゴンと戦った。ドラゴンと見えないへその緒で繋がっているのは、新たにアークノアの世界へ入り込んでしまった少女。

「ドラゴンの“親”であるマリナという女の子は、歯並びをコンプレックスに感じていて、矯正している。怪物は“親”の映し身みたいな存在なので、ドラゴンにも矯正具を付けてみました。もっと変わったデザインとかも考えたんですが、異世界を書いていると、“ここはこうなっています”という説明がどんどん増えていくんですよ。説明が多いと物語の面白さを削いでしまうと思ったので、キーワードで印象化できるようなデザインに落ち着きました」

 そんな唯一無二のデザインが施されたばかでかいドラゴンを、どのように倒すのか? ハリウッド級のアクションシーンにも胸躍らされるが、異世界ならではの設定を巧みに利用した、トリック&サプライズの妙にもうならされる。しかもシリーズのど真ん中に据えられた「謎」は――そもそもこの世界はいったいなんなんだ!?

 断言できる。これは乙一にした書けない異世界ファンタジーだ。

「これまで僕は短編をメインに書いていたんですが、短編って派遣とかアルバイト的な、ひとつの仕事が終わったら別の仕事場に行く感覚があったんです。長編の続きものを初めて書くことで、所属するところが初めてできた、ようやく就職できたぞって感じがします(笑)。“クビ”にならないよう、このシリーズで自分の持っているものを全部出し切るつもりですね」

取材・文=吉田大助