本は「文庫解説」から読む? 型破りなブックガイド『勝手に! 文庫解説』で本の読み方が変わる!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/18

 文庫本の巻末に収録される「文庫解説」。一体、誰がどうやって書いているの? という疑問もあるかもしれないが、9月に発売された『勝手に! 文庫解説』(集英社)は、その名の通り、書評家の北上次郎氏が、作家や出版社の事前許可なく、解説を“勝手に”書いてしまたった! という型破りなブックガイドなのだ。今や一ジャンルとして定着しているヒロインを主人公にした“お仕事小説”。その元祖といえる『女達のジハート』(篠田節子/集英社)や、北上氏が“戦後のベスト1”と称する『競馬の終わり』(杉山修彦)、海外小説からは、北上氏がぜひとも復刊してほしいと望む警察小説『黒い犬』(スティーヴン・ブース)ほか、厳選した30作品を解説。そんな『勝手に! 文庫解説』を一読すれば、次は、気になって「文庫解説」のページから開いてしまいそうだ。「文庫解説」を読むのも一興、そして、こんな読み方があったのか! と読書の楽しさを再発見できる本書をぜひ手にとってみてほしい。(DN編集部)

『勝手に! 文庫解説』刊行記念! 北上次郎氏×命名者・集英社文庫江口洋編集長 対談

「どうせならその作家で一番の傑作を書きたいんですよ」(北上)
「この本は北上さんが1人で盛りあがってわくわくしながら作った本」(江口)

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北上 僕は文庫解説が大好きで、書店で新刊を見ると必ず確認する。「ああ、この文庫は解説すげえなあ」とか。書評家として単行本を読んだときに「ああ、これが文庫になったときに解説書きたいな」と思うのが当然あるんですよ。ところが、当たり前なんだけど毎回依頼が来るわけがない。それで4、5年前に飲み会の席で、「文庫解説って書きたいものの依頼が来るとは限らないんだよね」って話をしたら、誰かが「じゃあ、勝手に書いて連載しちゃえばいいんですよ」って言った。すぐ江口くんが「タイトルは『勝手に! 文庫解説』はどうでしょう」って言ったんです。いいタイトルだよね。

江口 「座布団一枚あげる」って言われました(笑)。

北上 それで「ハヤカワ・ミステリマガジン」で連載をやって、集英社文庫に入れてもらいました。文庫解説を勝手に書くというのは考えてみると変な話ですよね。ここで採り上げた本の何冊かは文庫になっていて、解説もついている。「だったらお前書かなくていいだろ」と言われるだろうけど、「いや、俺にも書かせてよ」ということなんですよ。

江口 だから、『勝手に』なんですよね。最初に言っていたのが、「その連載で書いちゃうと本当の依頼は来なくなっちゃいますよ」ってことでした。

北上 そう。それはしないと決めていたんです。連載の第1回が『絆回廊 新宿鮫10』で、それは大沢(在昌)さんも誤解されて「文庫になったときの解説はあれでいいかな」と言われたんで、「そういうつもりじゃないんです」と断っちゃった。それやっちゃうとこの本には入れられないから(笑)。

江口 実は、北上さんがどういう本に解説を書きたくなるかっていうパターンがある。まず、『絆回廊』のように「ここが転換点だ」という、作家のターニングポイントです。それで2番目は、「乗り過ごしたバスを追っかけていく」。「ああ、こんなの出てたの」みたいなのを後から追っかける。例えば海野碧『水上のパッサカリア』とか。

北上 そうだね。それは新刊のときに読み逃して書評を書く機会を逸したんだ。

江口 3番目は「新人」。「見つけた」っていう感じの若手を「僕が最初に応援してんだよ」と、本に向かってばたばた手を振ってエールをおくってる感じのパターン。

北上 白河三兎『角のない消しゴムは噓を消せない』はそうだよね。野﨑まど『know』も。

江口 最後が、「みんな忘れてるだろうけど、すごいぞ。これだけは読め」。

北上 海老沢(泰久)さんの『監督』がそうだ。これは新しいパターンを開いた、スポーツ小説の転換点になる作品なんですよ。

江口 海外作品は、僕はまったく詳しくないんですが。

北上 僕、もう40年近く新刊書評を「小説推理」に書いてるんですが、最近の連載分を3年前に本にしたんです。そうしたら忘れてる本がいっぱいあった。それを読み返そうと思ったんだよね。シェリー・ルーベンの『炎の証言』なんて絶賛してたのに何も覚えてなかった。読んだらすごいおもしろかった。

江口 忘れてたんですね。

北上 僕、文庫の解説ね、自分の頭の中で「これは俺が書いた」と思ってるのがいっぱいあるんです。古本屋でそういう本を見かけて手に取ると「え、俺じゃないのかよ」とわかる(笑)。逆もありますけどね。「これ誰が書いたの。ええ、俺かよ」っていう。基本的に、単行本のときに絶賛した本は文庫の解説も書いちゃおうと思ってるんですよ。もちろん依頼が来ないこともある。でも、絶賛したという意識はあるから「たぶん俺だろう」と思いこんでしまうんだよね。

江口 2015年の新作だったら、どれを書きたいですか?

北上 辻村深月の『朝が来る』。あれは書きたいね。どんどんうまくなってる。直木賞獲ってこんなに大きく化けた人初めて見たよ。海外は、去年出た『ありふれた祈り』(ウィリアム・ケント・クルーガー)かな。

江口 編集者としては、文庫の解説は本にプラスアルファをつけるものだから、その文章がつくことでより読者が増えてくれたらいいなと思います。だから一番推してくれそうな人を最初に思い浮かべるんですけど、単行本当時に書評を書いてくださった方にお願いすることが多いですね。集英社文庫で言うと、森絵都さんの『永遠の出口』なんかはそうです。だってこれ、単行本が出るより前に、雑誌連載の第1回目が出ただけのときに、「本の雑誌」に北上さんが書いてくださったんですよ。

北上 あとは、新刊のときには読んでなかったけど、「たぶん北上ならおもしろがってくれるんじゃないかな」というので薦めてくれる場合もあるね。今野敏とかがそうだ。

江口 すごいのは高橋源一郎さんの『競馬漂流記』ですよ。北上さん、「俺が解説書くから集英社文庫に入れろ」って(笑)。

北上 僕ときどき、「絶対に文庫にしたほうがいい」と思うのを出版社に売り込むんですよ。いや、もちろんそれだって高橋さんに事前了解はとったよ(笑)。

江口 北上さんは以前、僕が「やっていただけるかどうか、読んでみて判断してください」ってゲラを送ったら、その日のうちに解説原稿書いてきちゃったことありますよね(笑)。

北上 だって一度読んでおもしろかったら書きたくなるじゃん。書かないと忘れちゃうから。

江口 びっくりしましたよ。「可否をいつまでにください」って頼んだのに「もう書いちゃった」って。本当に文庫解説が好きなんだなって思いました。

北上 書評と文庫解説はほぼ同じなんだけど、我々は「この本はおもしろいから買ってくれ」と言いたい。読者に手に取ってもらいたいんですよ。自分が本を買うときの判断で、迷ったら必ず文庫解説を読むから。そういう参考になるものであってほしい。

江口 この『勝手に! 文庫解説』をまず買ってもらいたいですね。北上さんの「なんかおもしろいことやりたい」という感じがこの本にはよく出ています。

北上 うん。「文庫解説っておもしろいじゃん」って思ってくれた人が、文庫新刊の巻末を見るようになるとか、ちょっとでも興味を持ってくれればいいなっていう気持ちはありますね。

江口 そうやって興味を持って、集英社文庫もどんどん読んでもらえたら嬉しいです。

 対談で触れられた『永遠の出口』『武士猿』『競馬漂流記』ほか、北上解説の集英社文庫。中でも生島治郎『殺しの前に口笛を』は、初めて解説を手掛けた文庫とのこと。

取材・文=杉江松恋

収録作品リスト

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江口 洋 
えぐち・ひろし●1967年、神奈川県生まれ。フリーの文芸編集者を経て、2002年に集英社に入社し、東野圭吾『マスカレード・イブ』、渡辺淳一『孤舟』、早見和真『ひゃくはち』などの編集を担当。14年より集英社文庫編集部の編集長を務める。

北上次郎 
きたがみ・じろう●1946年、東京都生まれ。明治大学卒。文芸評論家。『冒険小説の時代』で日本冒険小説協会賞最優秀評論賞、『冒険小説論』で日本推理作家協会賞評論その他の部門をそれぞれ受賞。