えっ、本当に全部バナナ!? 目を疑うような作品を生み出すバナナアート職人・赤井稲妻氏の悲願とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/18

バナナの正しい彫り方
(赤井稲妻著/扶桑社)

 ある日、週刊誌の『SPA!』編集部に、奇妙なグラビアの売り込みが送られてきたという。封筒に入っていたのは、果物のバナナを女性の体の形に彫った写真。週刊誌のグラビアにふさわしいセクシーさがあるかどうかはさておき、つまようじでバナナが彫られ、そぎ落とされ、くびれや胸の膨らみがしっかり再現されていた……。

    バナナで作られた女体

 それから約一年半後、『SPA!』にグラビアとして掲載されることは叶わなかったが、“バナナアート”の書籍が出ることになった。それが、先月9月に刊行となった『バナナの正しい彫り方』(赤井稲妻著/扶桑社)である。

    赤井稲妻氏

 なぜバナナを彫るのか、という疑問符は残るものの、本で紹介されているバナナ彫刻の数々は実に見事だ。著者の赤井氏は「バナナをおいしく食べ終わるまでがバナナ彫刻」と言い切るが、精巧に作られた作品は、食べてしまうのがもったいないと言わざるを得ない。

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赤井稲妻氏(以下、赤井氏) あくまでも食事ですからね。食べるために彫っています。もともと物作りが好きで、昔はフィギュアを作っていたこともありますし、食べ物アートだと、リンゴの皮を剥きながら絵を描いたり、バナナを彫り始める前には、ほかの食べ物を彫っていたりもしました。アボカドとか、大根とか。でも、やっぱり彫ったら食べるわけですから、リンゴや大根ってツラいんですよ、1個全部食べ切るのが。バナナだと1日何本も食べられる上に、一年を通して店頭に並んでいて、しかも値段の変動もさほどない。それで、バナナに行き着いたんです。最初にバナナを彫り始めてかれこれ7年くらいですね。

――なるほど……。食べるだけなら、彫らなくても食べることはできると思うのですが、それでも彫ることにこだわるのはなぜでしょうか?

赤井氏 いや、バナナ剥いたら、フツー彫りますよね。皆さんは剥いてそのまま食べてらっしゃいますが、ビックリしますよ逆に。ああ、彫らないで食べちゃうんだ、と。

――たいていの人は、彫りませんよ(笑)。バナナ彫刻を始められる前はそうやって食べてましたよね……?

赤井氏 そういう時期もありましたね。昔は剥いて彫らずに食べていました。若気の至りですね。皆さんにもぜひ彫ってみていただきたいです。彫る作品によって味が違うんですよ。例えば、女性を彫ると糖度が上がります。バナナの糖度は20度くらいなのですが、女体を彫ると2度くらい上がって甘みが増すんです。だから、女性の方はイケメンを彫ったら美味しく感じると思いますよ。

――ははあ。どの作品も素晴らしい出来だと思うのですが、作ったものを飾ることには興味がないのでしょうか?

赤井氏 いえいえ、彫るのはあくまでも“前戯”なので。

――食べるのが本番……。

赤井氏 そうです。作ったものは写真に撮れば満足です。趣味と食事を兼ねている感じですね。

    バナナで彫った焼き鮭

――お腹が減っていても、彫り終わるまで食べられないのはしんどいですね。

赤井氏 そうですね。逆にお腹いっぱいだと彫る気分にならないです。あ、でもさすがに食事すべてを、食べる前に彫っているわけではなく、普通にご飯も食べます(笑)。今はバナナは一日の全体の食事で、5~6割を占めています。『バナナの正しい彫り方』の本を作っていた時期は、月に300本くらいバナナを彫っては食べて、を繰り返していました。それが約2か月間続いたかな。トータルで80個くらい作品のネタを考えて、毎日試し彫りをして、ダメだったらやり直して……1日最大25本を食べるのが3日続いたときは、舌が麻痺して酸っぱいものが食べられなくなったんですよ。甘いみかんですら酸っぱく感じてしまって、バナナしか愛せない舌になっていました。

――そんなに食べて飽きたり嫌いになったりはしなかったのでしょうか?

赤井氏 ならなかったですね。お茶っていくら飲んでも飽きないですよね? それと同じ感覚で、喉が渇いたな、と思ったらバナナを彫る。それに、彫ることで毎回形が違うバナナを食べるというのも、飽きない理由の一つかもしれません。普通に剥いて食べまくるだけならしんどかったかもしれませんが、トウモロコシの形に彫ったバナナや、リンゴの形に彫ったバナナもあったので。ちなみに、リンゴは簡単に作れるのでバナナ彫刻初心者の方にもおすすめです。

    バナナで彫ったトウモロコシ
    バナナで彫ったリンゴ。色付けには食紅やジャムを使用

――彫るのにかかる時間ってどれくらいですか?

赤井氏 スカイツリーなどの複雑なものは1時間くらいかかりますが、ほかはだいたい10分~15分でできます。普段は会社員なのですが、お昼ご飯にバナナを会社に持参して、10分くらい彫ってから食べることもあります。

    バナナで彫ったスカイツリー

――バナナにも色々な種類がありますが、どんなバナナが彫りやすいのでしょう?

赤井氏 品種は産地ではそんなに差がないですね。熟し具合だと、青くもなく黒くもなく、黄色いものがベスト。青すぎると彫っている最中につまようじが折れることがあり、熟しすぎていると形が崩れてうまく彫れません。バナナの形は彫りたいものによりけりで、リコーダーなど真っ直ぐなものを彫りたいときはバナナの房の外側の、カーブが少ないものがいいでしょう。

    バナナで彫ったリコーダー
    バナナで彫った漬け物

――ところで、最初はバナナでグラビアをやりたかったとのことですが、なぜグラビアを……?

赤井氏 『SPA!』に「グラビアン魂」という連載があって、そこにバナナで彫った女性を載せてほしかったんです。「グラビアン魂」って、人間の女性の体だけじゃなく、人形(※ラブドール)のグラビアも掲載されていたことがあって、ここまで来たなら、次はもうバナナしかないだろう! と思って。それで、バナナグラビアの写真を送ったのですが、最初は見事にスルーされました(笑)

本書の編集Tさん(以下、T氏) グラビアの担当者にこれが届くっておかしいじゃないですか(笑)。封筒を開けたら、女の子の形に彫られたバナナの写真がバーッと。

――最初見たとき、どういうご感想でした?

T氏 もう、どうもこうもない(笑)。編集部にはイタズラも少なくないので、その一種なのかな、と思いました(笑)。で、イタズラ半分で書籍の企画会議に出してみたら、これ意外といいじゃない、と話が進んで……。

赤井氏 実は、ほかにもいくつか別の編集部にもグラビアの企画は出したんですが、どこからも理解されず、グラビアはいまだに実現していないですね。でも、いずれバナナグラビアの時代が来ると信じています。袋とじになっていて、開いたらバナナに彫られた女体が出てくるんです。

――……なるほど。そういう性癖の人が増えて需要が高まればいいですよね。

赤井氏 きっと、時代が早すぎたんですよね。そのうち分かってもらえる日が来るはずです。





 最後に、赤井氏は本サイト『ダ・ヴィンチニュース』のロゴを彫ってくれた。つまようじで彫りながら、そぎ落としたバナナを口に運び、黙々と彫る。なんとこの取材のために家で練習してきてくれたのだという。「文字はあまり彫ったことがないので、新境地が開けそうです」と言いながら嬉しそうに彫る赤井氏。悲願のバナナグラビアもいつか現実のものとなるのを、陰ながら祈りたい。

取材・文=朝井麻由美