「人は、成功からは学ばない」 反骨の日本人メジャーリーガー上原浩治の説得力

スポーツ

更新日:2016/3/14

 スポーツにあまり興味のない人に時々言われることがある。「スポーツ選手の言うことはお決まりのフレーズばかりで、すごさがわかりにくい」。たとえば、「チームのため全力でプレーしました」「一番一番、自分の相撲を取るだけです」といったもの。

 ファンにとっては、それまでのいきさつからぐっと響いたり、人それぞれでフムと伝わるものがあったりと、奥行きを補ってかみ締めているフレーズだが、そうでない人には単調に聞こえてしまうようだ。確かに、TVで一部を切り取られてしまうと、皆が同じように無難なことを繰り返しているように見えることもある。

advertisement

 だが2013年、MLBの頂上決戦ワールドシリーズを制したレッドソックスの投手・上原浩治の言葉は、日本のみならず全米で話題を呼んだ。

 試合を締めくくるクローザーとして、名門レッドソックスでフル回転した上原は、ポストシーズンという大舞台でも好投を続けた。試合の終盤で打たれれば、それが敗戦に直結するクローザーという大役。その重圧は計り知れない。

 シリーズMVPを獲得したヒーローインタビューで、そのプレッシャーを尋ねられた上原はこう応えた。
「正直、吐きそうでした」
“吐く(throw up)”というフレーズにスタジアムも大いに沸いたが、これは笑い話以上で実際にそうだったという。

 上原の著書『覚悟の決め方』(PHP研究所) に、その裏話が明かされている。

負ければシーズンが終わってしまうポストシーズンというサバイバルレースは、たとえ登板しなくても疲労する。毎日が精一杯で、肉体はまだしも精神的な疲れはこれまでに体験したことのないものだった。胃がキリキリと痛んだ

 「吐きそう」になるまでマウンドに立った上原は、実際シーズン終盤は、睡眠薬と胃薬と鎮痛剤のお世話になりっぱなしだったという。そもそも、そこに至るまでに継続してきた準備も徹底してストイックだ。日々、球場とホテルを往復し、野球と身体のケアの繰り返し。飲みにも出かけないどころか、移籍先のボストンの街のことも知らないというほど、野球漬け。毎日、愚直なまでに野球中心に過ごし、限界まで挑んだ結果、その努力に相応しい頂点であるワールドチャンピオンに輝いたのだ

 上原という選手は、どれだけ注目されようと逆に苦境に立たされようと、どんな時も率直に思ったことを語る逞しさがある。

 ワールドチャンピオンになる前のオフ、真冬にトレーニングに励む上原を取材した。この時は他に比べると目立たない日本人メジャーリーガーで、メディアの取材もめったになかったといい、「日本にいた時とは違うから、言うべきことは自分でも発信していかないと」と語っていた。

 有言実行。上原は、以後もツイッターやブログを頻ぱんに更新。2013年の第3回WBCでは、田中将大が先発ではなく中継ぎに回ることを「中継ぎに“降格”」と伝えたニュースに異論を唱えた。ツイッターで、「先発の調子が悪いから、中継ぎに降格??降格って何やねん。中継ぎをバカにするなよ」。いわく、先発も中継ぎもどちらが上ということはなく、役割が違うだけ。上原のツイートは大きな話題になった。

 率直な物言いはその時に始まったことではない。巨人のエースだった日本時代にも、将来はメジャーに行くと公言。すると、「巨人はメジャーへの腰掛け」と批判された。大阪出身の上原はもともと阪神ファンだったが、巨人に入団したのも「もっともレベルの高いところでやりたかった」ため。上原にしてみれば、キャリアアップを目指すと言ったにすぎないことで、今では常識として受け入れられているが、当時はタブーだった。

 向上心の原点は「雑草魂」。同書でも上原は自らのことを「雑草」と言う。高校時代は無名で控えのピッチャー、硬球を握ったのも高校生が初めてで、3年まで外野手だった。当然、プロから声はかからなかった。その後、上原は浪人して大阪体育大学へ入学。当時、野球では無名の大学で、専任の指導者もおらず、学生だけで試行錯誤しながら練習を重ねたという。そのため、東京六大学からは相手にされず、練習試合すら組んでもらえなかったという。

 だが、自分たちで考えた練習メニューで着々と力をつけた上原は、3年時に日本代表チームに選出されるまでに。そこでは相手にされなかった六大学の選手らがチームメイトだったが、彼らはメーカーなどから用具を支給されていて、試合が終わるとそれをゴミ箱に捨てていたという。用具も遠征費もすべて自前だった上原は、煮えたぎるような反骨心を持つように。闘争心あふれる投球の原点は、自分が「非エリート」だったことにあると語る。

 そんな上原は言う。「人は、成功からは学ばない」。人は失敗から学ぶのだと。成功した人にはその成功体験にとらわれるがあまり、新しいことにチャレンジすることを恐がり、変化すべき時にも対応が遅れがちになると。

 新しいことにチャレンジする時は、失敗もする。そこではじめて原因を究明し、進歩や進化をして、成長していくのだ。失敗は経験というかけがいのない財産をくれるもので、謙虚さと意欲も引き出してくれると。上原の歯に衣きせぬ物言いは、誰よりも先進的で柔軟な考え方の表明でもある。

 2015年は日本のプロ野球界で数多くのベテラン選手が次々と引退を表明した。そんな中、右手首骨折でリハビリ中の上原は、キャッチボールを再開したという。来季に向けて、1カ月前倒しでトレーニングを開始したと自身のブログで綴っている。「まだまだ負けないぞ!」と決意を語る来季41歳の上原に、落日のイメージは全くそぐわない。チャレンジし続ける上原の来季復活が楽しみでならない。

文=松山ようこ