大盛況!「SHUNGA 春画展」で私たちは、古き日本の多様な性文化に何を観るか?

文芸・カルチャー

2015/10/12

本稿には刺激的な画像が含まれます。ご了承の上、お読みください。(編集部)

 閑静な町並みにある由緒正しくも小さな美術館に、連日、おとなが殺到している。曜日や時間帯によっては、入場制限がかかるほどだ。永青文庫で開催中の「SHUNGA 春画展」。性愛を描き、江戸の世では武家のお殿さまから庶民までに愛された春画作品133点が展示されている(11月に一部展示の入れ替えあり)。

 国内初の大規模な春画の展覧会とあって、関連イベントも各所で開催されている。さる9月にも、日本美術を主な領域とするライター&エディターである橋本麻里さんによるトークショー「春画のABC~愛と笑いの日本美術」が、東京・青山ブックセンター本店で開催された。橋本さんの話は、世界を驚かせた日本独自の性表現の歴史からはじまる。

橋本麻里さん(以下、橋)「日本の性表現は、古墳時代からすでに見られます。埋葬された埴輪に、男性器、女性器を模したパーツが見られるものがありました。男女の交わりは、神によってなされた場合は“国産み”となり、人がすれば子どもが生まれる。つまり豊穣につながる行為です。ハレの日には、性器を祝福すべきものとして人々の眼前に出来させる風習もありました。いまでも神奈川県の“かなまら祭り”のように、性器の形をしたご神体を担ぐ奇祭をはじめ、性や性器にかかわる信仰は各地で見られます」

「後に春画と呼ばれるような絵画作品が現れるのは、おそらく平安時代の末ごろ。今展でも、鎌倉時代に描かれた『小柴垣草紙(こしばがきぞうし)』が展示されています。春画といえば性器のデフォルメがすぐに連想されますが、この時代の作品にもその特徴は顕著です。日本人の絵師は春画において、性器と顔を正面向きで描きたがる傾向があると指摘する研究者もいます。そうなるとどうしても体位がアクロバティックになりがちですが、それでも顔と性器の描写が優先されたのが、春画なのです」

 当初、高価な紙や顔料を使った絵巻物として描かれていた春画は、公家や武家といった社会の上層の人々に受容されたもので、中層以下で享受されていたわけではない、と橋本さん。それが江戸時代に入って複製可能な、安価な木版作品が作られたことで一気に庶民にまで広まり、文化として花開く。

「今展示を見ても、いわゆる男女の挿入シーンだけでなく、オーラルセックスあり、さまざまな体位の性行為あり、実にバラエティに富んでいます。ヘテロセクシャルに限定されることもなく、女性との交わりを禁じられた僧侶が稚児と同衾する作品や、男性が歌舞伎役者の卵である少年たちとお愉しみの様子を描いた作品など、同性愛も盛んに描かれます。相手役の男性は色白で身体つきに丸みがあり、とても中性的。女性の代替であることがひと目でわかります。もちろん女性同士もありますよ。当時の社会では性におけるタブーがとても少なかった様子がうかがえます」

 多様なセックスカルチャーをいまに伝えてくれる春画がこうして一堂に会したわけだが、同館の細川護熙理事長の鶴の一声があるまでは、「国内での開催はむずかしい」と見られていたことは広く知られている。

「昨年、ロンドンの大英博物館で開催された『春画:日本美術における性とたのしみ』は入場者数が約9万人と、大盛況でした。日本でなぜこうした大規模な展覧会が開かれなかったのかというと、ひとえに各館の自主規制ゆえです。そこまで慎重になる理由は、明治時代にまでさかのぼります。文明開化を迎え、『春画とは非文明的なもの、それを売買して日本の恥を晒してはいけない』と、その売買を禁じる条例ができました。そして昭和に入ると、刑法により“わいせつ物頒布等”が禁じられ、春画は所有することも展示することもできなくなります」

「が、それに対して昭和35年に起きたのが、いわゆる“国貞裁判”です。春画研究者が出版物を摘発されました。いったんは有罪となって罰金も払ったのですが、その後もずっと戦い抜いて、とうとう無修正の図版を含む研究書を刊行します。続いて学習研究社が春画の画集を出版したところ、これが大ヒット! 以後はそれが指標となって、出版物においては事実上、春画は修正ナシでもOKとなりました。しかし、大勢の人が一度に見る展覧会となると話は別です。“わいせつ”の基準も時代によって変わるので、それが事態をよりむずかしくしています」

そもそも“春画=わいせつ”なのだろうか?

「春画=エロくない、とはいいません。けれど、エロティシズムについてのコードは、江戸時代と現在とでは大きくちがいます。もちろんそこからエロスをキャッチすることもあるでしょうが、展示する側も観る側もポルノ的な側面より芸術的な側面を感じ取るのが、現在の価値判断ではないでしょうか。そう考えると、今展も警察からわいせつと咎められることはないだろう、と判断し開催に踏み切ったと聞いています」

 おかげで、木版多色摺の名品はもちろん、貴重な肉筆画から“豆版”といわれる名刺大の大きさの作品まで出そろった今展。見どころだらけではあるが、橋本さんは「春画を理解するには、春画を含む浮世絵の全体像を知ってほしい」と話す。

「そのためにもまず見ていただきたいのは、菱川師宣です。浮世絵の始まりは、この人にあり。肉筆であれ版画であれ、浮世絵を浮世絵たらしめている〈型〉を作ったのは彼だといっても過言ではありません。春画もたくさん残していますが、今回は『枕絵組物』が出品されています」

菱川師宣「枕絵組物」

鈴木春信「綿摘女」

 浮世絵における多色摺の技法を完成させてイノベーションを起こした鈴木春信や、橋本さん曰く「豚骨スープのように濃い」描写が強烈な葛飾北斎、少年ジャンプ的な世界観で男女の交接を描く歌川国芳など、絵師の個性を堪能するのも春画の楽しみ方のひとつだが、なかでも橋本さんが「やっぱり天才!」と、ひと際アツく語ったのが、いわずとしれた喜多川歌麿だ。

喜多川歌麿「歌満くら」 浦上満氏蔵

「春画を山ほど見ているとそのうち感覚も麻痺してきますが、それでもハッとさせられるのが、歌麿です。今回出展されている『歌満くら』は、鬢の毛の精緻な線や着物から肌がうっすら透けて見える描写などが秀逸なのはいうまでもありません。加えて、女性の顔は見えないのにうっとりとした心持ちが伝わってきたり、男性の細い目が妙に醒めていたりといったふうに、心情が漏れ出てくるような表現にも着目してください。この男のせいで彼女は破滅するのではないか……と、見ているうちにひとりでに想像がふくらむほどの物語性があります。こうして一枚の絵を見ながら、男女の関係性、それぞれの社会的属性、どんな場所で情が交わされているのか……など情報を読み解きつつ、ストーリーに思いを馳せるのも、春画の醍醐味といえるでしょう」

 トークショー終了後、特別にダ・ヴィンチニュース読者にむけて、橋本さんの最新著書『SHUNGART』(小学館) について見どころを教えていただいた。

SHUNGART』(監修 早川聞多、文 橋本麻里/小学館)

「春画展にこれから足を運ぼうという方は、北斎の“海女と蛸”を含む『喜能会之故真通(きのえのこまつ)』シリーズなど興味深くご覧いただけるかもしれません。“海女と蛸”は多くの方にとってお馴染みの名作春画ですが、本来は複数枚でセットになったシリーズの中の一枚として描かれました。本書では、その全体像を見ていただくことができます。北斎や春信らがどんな構想の下にあの“名作”を配したのか、ほかの作品はどんな性格なのか、浮世絵師それぞれの個性を堪能していただきたいと思います」

葛飾北斎「喜能会之故真通」 浦上満氏蔵

 すでに今展を楽しんだ人には、また別の見どころがある。

「鎌倉時代から江戸時代まで、長く豊かな春画の歴史を永青文庫でたどったことで、その全体像は十分堪能されたと思います。なかでも、作品数も内容のバリエーションともども、もっとも発展した江戸時代の春画の“実力”がどのようなものであったのか、“組物”として見直すことで、春画の魅力がさらに増すはずです。また会場では十分に読み切れなかったト書きや背景説明の“書き入れ”も、本書では全点収録しましたので、ゆっくり読んでいただけます」

 そして、関連の書籍といえば、永青文庫で販売されている図録も見逃せない。

橋「今展の図録は、フランス装を思わせる装幀で本の開きもよく、一枚絵としての魅力が伝わりやすい造本デザインも魅力的です。会場ではすべて展示することができない絵巻や版本の各場面を、サムネイルのように収録してあるのも、展覧会後の楽しみになるのではないでしょうか」

取材・文=三浦ゆえ

<関連書籍>

大英博物館 春画』(矢野明子 監修・翻訳、早川 聞多 翻訳、石上 阿希 翻訳/小学館)

歌麿THE BEAUTY』(小林忠 編/小学館)※11月中頃