天才的な名医たちが治療の一環で事件を解決!? 今話題の異色の医療ミステリーとは

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/18

 「病は気から」。もし、そのことわざが正しいのだとすれば、医師が患者にできることには限りがあるのかもしれない。しかし、もし、医療行為の範囲を超えて、危険な手を使ってまで、患者のために行動する医者がいたとしたらどうだろう。たとえば、「息子を殺した犯人を見つけ出してほしい」という患者の無茶な依頼をかなえる医師がいたとしたら…? 今、前代未聞の名医集団が、ミステリー領域を席巻しようとしている。それくらい面白いのだ。

 知念実希人氏著『神酒クリニックで乾杯を』(KADOKAWA)は、手術をさせても一流、事件の捜査をさせても一流、という一風変わった医師集団が活躍する、異色のメディカルミステリーだ。知念氏といえば、可愛らしい容姿と類まれなる診断力を持つ女医が活躍する「天久鷹央の推理カルテ」シリーズがシリーズ累計15万部を超える大ヒットを呼んでいるが、本書はそんな作者の最新作。この本では、天久鷹央に負けないくらい特殊な才能を持つ医師たちが、自らの能力をふんだんに活かして、患者のためにとある殺人事件に立ち向かう。

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 主人公は、医療事故によって、働く場を失った外科医・九十九勝己。恩師の勧めで、政治家や芸能人などのVIPの治療を秘密裏に行う「神酒クリニック」で働くことになる勝己は、ある日、他の医師たちとともに、末期がん患者で、大手ゼネコン社長の小笠原雄一郎から「息子を殺した犯人を自分が死ぬ前に見つけ出してほしい」という無茶な依頼を受ける。もちろん断るかと思いきや、「神酒クリニック」の他の医師たちは、小笠原の精神状態を安定させ、痛みの緩和ケアがうまくいくようにするためにと、この依頼を快諾。「僕達は警察なんかより遥かに優秀」「これもうちのクリニックの業務の一つなの」…。どうやらこうやって事件捜査をするのは、今回が初めてではないらしい…。勝己たちは、事件を解決することができるのだろうか。事件捜査は思いがけない方向へと進んでいく…。

 小説にしろ、マンガにしろ、優れた医者たちは“変人”として描き出されることが多いが、この作品ほど個性的な医師たちも珍しい。「神酒クリニック」の医師たちは、勝己が目を見張るほどの優れた医療技術を持っているだけではない。格闘技に秀でた肉体を持つ、天才外科医・神酒章一郎。高校生のような見た目を持ちながらも、人の表情の変化から、その人の考えることを完璧に読み取ってしまう天才精神科医・天久翼。優れた美貌と色気、誰でも魅了されてしまう演技力を持つ天才産婦人科医兼小児科医・夕月ゆかり。一度見たものは決して忘れない驚異の記憶力を持つ内科医兼麻酔科医・黒宮智人…。警察には決してできない危険な手段で捜査を押し進めていく彼らは、患者を治療すること以上に、事件を捜査することを楽しんでいるように思える。

 しかし、神酒クリニックで働く彼らは、それぞれ暗い過去を抱えているらしい。「優秀だからって、周りに溶け込めるかどうかは別問題でしょ。というか、突き抜けている人間はそのせいで周囲から疎まれることが多いのよ」…。そんな彼らに囲まれながら、医療事故をきっかけに失っていた自信を取り戻し、居場所を見出していく勝己。そして、やがて、自分の過去と向き合わなくてはならない時がやってくる…。その展開の鮮やかさはあっぱれ。どうして読む手を止めることができよう! 胸の高鳴りを抑えながら、ページをめくるのさえもどかしい展開が続いていく。

 事件解決のためだったら、イリーガルな手さえ惜しまない。そんな危険な香りたっぷりの医師たちの行動は、私たちをゾクゾクとさせてくれる。こんな医療ミステリーは見たことがない。ミステリーファンならば、この新しい快感を、ぜひとも味わうべきだ!

文=アサトーミナミ