小さな甲斐犬「もも」と耳の聴こえない雑種犬「じん」が寄り添いあう姿に感動必至!

文芸・カルチャー

2015/10/26

 SNSをながめていると、誰かがシェアしたペットのほほえましい話題にでくわすことがある。大型犬が小型犬をあやしていたり、犬と猫が仲良しだったり……、動物同士の「心の絆」に、思わずほっこりしてしまう。こうした絆が成立するまでには、実際どんなコミュニケーションが重ねられているのだろうか。残念ながら短い動画や数枚の写真ではわからないが、そんなドラマをのぞいてみたくもなるものだ。

 先頃出版された『ももとじん 小さな甲斐犬と耳の聴こえない雑種犬』(むらかみかづを/メタモル出版)は、そんな願いをかなえてくれるフォトエッセイ。主人公はペットショップで売れ残っていた小さな甲斐犬「もも」と、ある山寺に住む野犬から生まれた「じん」。二匹が並んでいる姿は、一見ただ仲の良い普通の犬同士のようだ。


 だが、実はじんは、生まれつき聴覚障害を抱えており、「吠える」という犬の基本的なコミュニケーションができない。そんなじんが、一般に気が強く飼い主以外の人や他の犬と仲良くなりにくいという甲斐犬のももと、どう折り合ってきたのだろう。じんが、ももの家にもらわれたときから現在に至るまで、ときの流れを丁寧に追った写真の数々には、少しずつ近づいていく2匹の心の距離があたたかく映し出されている。

 2匹が出会ったとき、じんは0歳で、ももは6歳(人間でいえば40歳くらい)。ももは、最初こそ吠えて注意しても言うことを聞かないじんに当惑していたが、やがて実の子かのように世話をするようになる。つかず離れず少し距離をおいて、じんを見守るもも。この絶妙な距離感がいかにも日本犬らしく、なんともほほえましい。

 驚きなのは、「吠える」ことを理解していなかったじんが、ももの頬に鼻先を押し当て、骨伝導で吠えることを覚えたことだ。まるで耳が聴こえているかのように、ももと一緒に吠えるじん。言葉の壁を超えたコミュニケーション、心のつながりが目に見えた瞬間であり、著者もこのときのことは忘れられないと振り返る。


 群れで生きる犬の世界には犬同士のルールが存在するが、ももはそんなつきあいもじんに教える。ハンデのあるじんは野犬のまま育っていたら、事故にあわなくても、犬同士の争いによって早々に命を失っていたかもしれない。幸運にも著者にもらわれ、大先輩のももに助けられ、じんは伸び伸びと成長し、2匹は思いっきり遊んでいくつもの季節をいつも一緒に過ごす。

 だが、犬の時間はドッグイヤーといわれるように、人間の6~7倍の早さで過ぎていく。一緒に過ごして10年近く、すっかり年老いたももは人間でいえば80歳。足腰が弱まり、目もよく見えなければ、耳も聴こえなくなってしまう。そんなももを静かに見守るじん。変わりなく2匹が寄り添う姿は、しっかりつながった心の絆を映し出す。


 彼らが教えてくれるのは、時を重ねることによって生まれる情愛と信頼は関係のベースであること。そして何より、「お互いを大切に思う気持ち」が、言葉を超えて心をつなぐということだ。愛犬が時折、人の言葉を理解しているように感じる瞬間があるのも、言葉が媒介しているようにみえて、実は言葉を超えた何かでコミュニケーションしているからかもしれない。犬時間はせつないほどに早く進むが、互いに寄り添う姿には「心をつなぎあう」というシンプルなぬくもりがあふれ、私たちの心まであたためてくれる。

 なお、この本は絵本のような作りになっていて、漢字にはフリガナがつけられている。大人だけでなく、子どもにも読んでもらいたいからだそうだ。一例ではあるが、犬の生態やルールなどを子どもたちに伝えることができるだろう。


 野犬から生まれたじんは、子犬の頃にボランティアによって保護された「保護犬」。現在、日本ではペットショップで犬や猫が売られる一方で、たくさんの犬や猫が、身勝手な飼い主に捨てられている。新たな引き取り手がなければ殺処分されてしまうため(現在、その数は年間13万匹にものぼる)、少しでもその命を守ろうと多くの人々が働きかけているが、『ももとじん』の売り上げの一部はそうした保護団体に寄付されるとのこと。保護犬や保護猫を引き取ることは難しくても、ささやかな応援の気持ちがこめられるのもうれしいことだ。

文=荒井理恵