又吉フィーバーの裏で20年に1度の大傑作と激賞された直木賞作品の魅力

文芸・カルチャー

2015/10/24

 2015年の文学界最大の話題といえばなんといっても又吉直樹氏の芥川賞受賞だろう。受賞作となった『火花』は単行本の発行部数があっさりと200万部に達し、電子書籍版のダウンロード数も10万を超えるという異例のヒットを記録した。作者が現役のお笑い芸人だという話題性もあり、大変なフィーバーぶりだったのは記憶に新しい。

 その陰に隠れがちだが、2015年にはもうひとつ、各方面から称賛の声を集めた作品がある。それが、『火花』と同じ日に直木賞を受賞し、審査員から20年に1度の大傑作と評された東山彰良氏の『』だ。本作の魅力は色々あるがその中でも最も優れた点は文章からにじみ出る空気感にある。

 『』の主な舞台は1970年代~1980年代にかけての台湾だ。一応、日本も出てくるが主要人物の中に日本人はおらず、日本の描写も後半わずかにあるにすぎない。中国であればなんとなく雰囲気で分からないでもないが、台湾となると多くの日本人にとって未知な部分が多く、それも今から数十年前の庶民の生活ともなると想像もつかないというのが正直なところだろう。しかし、本作ではその人々の生活が生き生きと描かれ、映像として浮かんでくるほどにリアルだ。その頃の様子を知識として知らなくとも当時の台湾の空気がはっきりと感じられるのだ。これは著者の卓越した文章力と、中国人を両親に持ち、幼少期を台湾で過ごした経験とが見事に調和した結果だろう。

 そして、その巧みな描写力は登場人物の魅力へと繋がっていく。物語の始まりは1975年で主人公はその時点で高校生であるのだが、彼の学園生活よりも両親や祖父母といった大人たちの描写に筆の多くが割かれている。登場する大人たちの多くは外省人と呼ばれる中国共産党との戦いに敗れて中国から台湾へ逃れてきた人たちだ。日中戦争の激しい戦火をくぐり抜けた経験があり、男も女も気性が荒い。何かといえばすぐに手が出るため暴力沙汰など日常茶飯事だ。その上、ずる賢く人に対する嫉妬心も露わにする。しかし、これが不思議と不快ではないのだ。そうしたエゴイズムの中に彼らの情や悔恨の想いを巧みに組み込み、血肉の通った人物として描かれているからだろう。これは正義漢と悪役といったふうにキャラクターが記号的に描かれる多くの大衆小説では得難い魅力である。

 物語は主人公の祖父が何者かに殺害されたところから始まり、その謎を縦軸として進んでいく。それならば、本作はミステリー作品なのかといえばそうとも言い切れない。ページの多くを割いているのは主人公がさまざまな体験をしながら大人になっていく姿だ。そういう意味ではこれは青春小説であるといった方がより正確だろう。しかし、その背後には過去から未来に至る歴史のうねりがあり、普通の青春小説では感じることのできないスケールの大きさがある。そして、主人公の身の回りで起こることも殺人事件から始まり、不良同士の抗争あり、やくざとのトラブルあり、悲恋ありと飽きさせない。時には、幽霊話や未来を予言する老婆といった、リアリティを基調とした小説としては荒唐無稽と言われかねないエピソードもあるのだが、それすらも全く不自然に思わせないだけの圧倒的な力強さがこの作品にはあるのだ。

 さらに見逃せないのが、本作が台湾近代史の優れた教科書になっていることである。一読すれば日本ではあまり知られていない多くの事実を学ぶことができるだろう。例えば、台湾の人たちは日本に対して友好的というイメージだが、日中戦争で日本と戦ってきた外省人は決してそうではないこと。逆に、日本軍が去った後にやってきて抑圧的な支配を続けた外省人に対して本土の人間である本省人は複雑な感情を抱いていること。そして、時代の流れによって大きく変わっていく台湾社会。そういった事実が物語の中に自然と溶け込んでおり、そのことが読者の知的好奇心を刺激するのである。この物語を読めば、もっと台湾のことを知りたくなるだろう。

 このように、本作品は多様な魅力にあふれた傑作で、20年に1度という言葉も決して過分ではない。これぞ小説だといえる骨太な作品であり、故に、ひとりでも多くの人に本書を手に取ってもらいたいと思うのである。

文=HM