文芸・カルチャー

『掟上今日子の備忘録』で明らかになった西尾維新、もうひとつの魅力―ミステリー作家への原点回帰

 西尾維新氏は2002年にデビューを果たした時点ですでに人気作家の階段をのぼりはじめ、そして、今現在も人気作家であり続ける息の長い作家である。とは言っても、彼自身は未だ若い。デビューした時点でわずか20歳だったわけだからそれも当然のことだ。

 彼の作品の魅力はなんといっても会話劇にある。登場人物の饒舌さは留まることを知らず、話の本筋そっちのけで衒学、雑学、毒舌、言葉遊びなどを縦横無尽に駆使したマシンガントークを繰り広げるのだ。この恐るべき言葉の奔流を20歳の青年がすでに自分の作風としてものにしていたのだからこれは才能というほかないだろう。

 この異能というべき言語感覚と個性的なキャラクターたちを自在に操り、デビュー作でもある『戯言シリーズ』を人気作へと導き、たちまち多くのファンを獲得した。また、自らの作風をより洗練させた『物語シリーズ』はアニメ化もされ、アニメと原作の両方が爆発的なヒットを記録することになるのである。

 そして、今回紹介するのが2014年末に発売され、早々とドラマ化が決まった『掟上今日子の備忘録』だ。ここで、『戯言シリーズ』や『物語シリーズ』など、それまでの西尾作品を知る者は首をひねるかもしれない。『いくらなんでもあの会話劇を実写で再現するのは無理だろう』と。それに、西尾作品といえば、一応、一般レーベルから発売されているものの内容は完全にライトノベルなので、実写ドラマと相性がいいとは言い難い。

 しかし、読んでみて驚いたのは、西尾作品とは切っても切れないないと思われたあの会話劇や言葉遊びがすっかり影を潜め、普通の小説に仕上がっていることだ。登場するキャラクターたちも個性的ではあるものの『戯言シリーズ』や『物語シリーズ』など比べると地味だといってもいいほどである。内容もラノベ的な要素は最低限に抑えられ、限りなく一般小説に近い。それでは、没個性でつまらない小説なのかと問われれば、これが実に面白いのだ。

 言い忘れていたが、本書は5つの短編からなる連作ミステリーである。事件が起こり、探偵が登場して謎を解明するという推理小説のフォーマットに忠実な作品だ。タイトルにもなっている掟上今日子というのがヒロイン兼探偵で、主人公兼ワトソン役として隠館厄介という巨漢の男が登場する。

 本作ならではの個性と言えるのが、探偵が前向性健忘症であり、一度眠ってしまうとそれまでの記憶がすっかり消去されてしまうことだ。そのため、探偵は一日で事件を解決しなければならず、そのことがミステリーとして独特の緊張感を生み出している。謎解きのシーンも小気味よく、西尾氏はこういったタイプの作品も書けるのかと正直驚きだった。

 しかし考えて見れば、彼は最初、ミステリー作家としてデビューしているのである。『戯言シリーズ』の1作目と2作目に当たる『クビキリサイクル』と『クビシメロマンチスト』は紛れもない本格ミステリーだった。特に、後者は連続殺人事件の物語に驚くべき仕掛けを施しており、一部のミステリーファンの間で話題になったこともあるのだ。

 ただ、惜しむらくは、西尾作品の多くが会話劇、言葉遊びの圧倒的な量によって、しばしばプロットが行方不明になってしまうことである。時には、登場人物が終わりの見えない雑談を始め、本筋などどうでもよくなってしまうことも珍しくない。その一方で、そうした言葉の上澄みを取り去り、剥き出しのプロットを眺めると極めてロジカルな作家であるということがわかる。

 そのことを改めて認識させてくれたのが本作品だ。謎の提示と探偵の登場、そして、捜査と推理という流れが計算しつくされたプロットの上に配置され、読者を心地よくさせてくれる。中でも白眉と言えるのが、本作の掉尾を飾る『さよなら、今日子さん』だろう。

 ミステリー作家の不審死を巡るこのエピソード、ミステリーファンにとっては不満を感じるかもしれない。なぜなら、真相を推理する材料が読者に提示されず、探偵が語る真相も恣意的な解釈にすぎないからだ。だが、このエピソードの主眼はそこにはない。事件は添え物にすぎず、ここで真にひもとかれるのは掟上今日子と隠舘厄介の関係性だ。今まで、ヒロインが前向性健忘症だったためにふたりの間に積み重なるものはなく、1話かぎりの関係だと思われていた。しかし、このエピソードによってある変化と共にひとつの結論へと達し、物語はそっと閉じられる。その構成が美しい。

 以上のように、本作は今まで表からは見えにくかった西尾作品の隠れた魅力を改めて掘り起こした作品だといえるだろう。これからも、西尾氏らしい言葉の奔流に踊らされる作品を楽しみにするのと同時に、その内部に眠っている違った魅力を押しだした作品が登場することにも期待したい。

文=HM



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