『鬼灯の冷徹』のおもしろさを分析してみた

マンガ

公開日:2015/10/29

『鬼灯の冷徹』(江口夏実/講談社)
『鬼灯の冷徹』(江口夏実/講談社)

 2011年5月に単行本1巻が発売され、6巻までの累計発行部数は150万部に達した『鬼灯の冷徹』(江口夏実/講談社)。なぜそれほどに売れたのでしょうか。

 マンガのジャンルの1つに「日常系マンガ」というものがあります。これは、主人公とその周囲のおもしろおかしい話をつづったマンガを区分したものです。そして、この日常系マンガには1話から最終話までに一貫したストーリーが存在しない事が多く、決められた世界観と、主人公を中心とした登場人物達によって毎回独立した話が展開されていきます。『鬼灯の冷徹』もまさにこれに当てはまります。が、どうやらこの作品は他の日常系マンガとは少し違うようです。

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 『鬼灯の冷徹』が他の日常系マンガと一線を画す要素は幾つかありますが、その筆頭はやはり世界観……物語の舞台でしょう。

 つまり魅力のある物語の舞台には、どんな形であれ多くの人が「非日常的」と認める要素が必要だという事です。『鬼灯の冷徹』の舞台である地獄は、私達生きている人間にとっては非日常の最たる場所でしょう。まさか、これを読んでいる人の中に「私生きていないんで、あの世は日常的に見てるんですけど」という人は居ないでしょうし。ただし『鬼灯の冷徹』における地獄は、従来の「恐ろしい場所」というイメージと、私達が日常を送っている社会や世間が混ざり合ったものです。非日常と日常が共存していると言ってもいいかもしれません。この作品において、地獄は悪人の行き着く先であると同時に、鬼達の仕事場でもあります。どうやら作中において地獄に勤める事は、現実に置き換えると「公務員として働く」事に近い様子。非日常的な場所で、私達が日々体感している日常的な物事が繰り広げられるというスタイルが基本です。そして、舞台が地獄であるが故に、多くの読者にとって『鬼灯の冷徹』の世界は「未知のもの」となります。未知のものというのは、それは好奇心を強く刺激するのです。そしてその好奇心こそが「もっと読みたい」という魅力となって次のページをめくらせるのではないでしょうか。

 日常系マンガで、舞台と並んで重要になってくるのがキャラクター性です。日常系にバトル要素は無いか、あってもメインではない為、物語の起伏は基本的に登場人物達の言動と行動のみで作るしかありません。特に『鬼灯の冷徹』の場合は、これが顕著と言っていいでしょう。この作品に登場するキャラクターは、とても個性があります。勿論マンガのキャラクターはどれも個性の強いものですが『鬼灯の冷徹』に登場するキャラクターは、この「個性が強い」ものである割合がとても高いのです。登場人物のうち、名前を持っている者はほぼ全員何かしらのインパクトを与えてくれる個性を持っていると言っていいでしょう。その筆頭が、主人公である鬼灯です。作中で「鬼の中の鬼」と称されている彼は、まさに鬼の一字を擬人化したような筋金入りのドSです。それでいて、性格は超合理主義者であるとこれも作中で言われています。地獄の鬼らしい所業(主に拷問)を行いながら淡々と合理的な正論を吐くその姿は、まさに「冷徹」。時には、読者もドキリとするような鬼灯の発言は、怖いもの見たさに近い魅力を含んでいます。そんな鬼灯を中心に、女性関係が超軽い神獣や、昔の栄光にこだわる過去の英雄ポジションから白澤に弟子入りしたのち作中屈指のツッコミ役となった桃太郎と、動物獄卒としてすっかり地獄に馴染んだそのお供3匹など実に多様なキャラクターが登場します。ちなみに、獄卒とは地獄において死者に責め苦を与える者の事です。

 非日常的な要素を含んだ舞台と、個性豊かな登場人物達……それらはおもしろいマンガに必要不可欠な要素ではありますが、その2つがあるだけでは、巻数が1桁の半ばを越した時点で150万部を突破するだけの人気を得る事は難しいでしょう。それだけの人気を得るには、また別の要素が必要となります。それは、例えば少年の心に火を付ける熱いバトルだったり、少女が心に憧れる素敵な恋愛だったりします。こういった物語のアクセントをうまく付けるコツは、人が本来的に持っている欲求にどれだけ応えられるかということです。そして『鬼灯の冷徹』が応えている欲求は、ずばり「知識欲」です。この作品には、話の随所で昔話・妖怪・地獄に関する解説が加えられています。例えば、昔話の瓜子姫というお話について、そのあらすじと、お話に登場する天邪鬼という鬼の起源が古事記の天探女(アメノサグメ)に求められる事などが作中で説明されています。それは簡潔でわかりやすい解説である為、知識欲を満たし、かつ少し物知り気分も味わえるかもしれません。

 『鬼灯の冷徹』の魅力は、非日常的な舞台と、舞台設定を余すところなく生かして動き回る個性豊かなキャラクター……そして何よりも、読者の知識欲に応えているところと言えるでしょう。

文=柚兎