上級市民の職業? クリエイティブ・ディレクターはあらゆる仕事に通じる?

ビジネス

公開日:2015/11/2


『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』(古川裕也/宣伝会議)

 シンギュラリティ(2045年問題)という言葉をご存じだろうか。AI、人工知能の発達により、2035年には現在の仕事のうち半分がコンピュータ、ロボットに置き換わり、さらに2045年にはコンピュータがあらゆる面で人間を上回り、人間がコンピュータに支配される時代が来るかもしれない、という説だ。

 ひと昔前だったらSFや夢物語とみなされてきたようなことが、想像を上回る技術の進歩により現実性を帯びてきたというわけだ。

 そんな過渡期的な時代を生きる我々に、「人間の労働で最後まで残るのはなにか」について示唆してくれるのが、本書『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』(古川裕也/宣伝会議)である。

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広告をつくることだけが仕事ではない

 著者の古川裕也氏は電通CDC局長、エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターという肩書きの持ち主で、代表作に「JR九州 九州新幹線全線開業「祝!九州」」「中央酪農会議 『牛乳に相談だ。』キャンペーン」などがあり、国内外で400以上の受賞歴があるという。

 古川氏いわく、2045年を過ぎても人工知能やロボットに取って代わられることがない仕事とは、クリエイティブ・ディレクションだという。では、それはどんな仕事か? 素人目には「電通のCM制作を統括しているのかな?」くらいのイメージしかわかない。著者は少なくとも広告やCMを作るだけが、現在のクリエイティブ・ディレクションではないという。

 基本はTVを中心とする4大メディアの広告を統括することであった。だが現在ではもっと幅広いクライアントの要求や課題を決定的に解決することに。その技術は世の中のあらゆる職業に役立つ、応用できる能力であるというのだ。

 例えば、アメリカ合衆国大統領、サッカー日本代表監督、NASA宇宙飛行士、外科医、ハリウッドのプロデューサー、シリコンバレー・パロアルトでスタートアップ計画中の若者、殺人事件の捜査本部長、破産管財人、町内会会長などの職業だとう。

仕事の基本は4つのプロセス

 さて、ではクリエイティブ・ディレクションの本質とはどういったものなのだろうか。著者によれば、それは4つのプロセスからなるという。それが

1:ミッションの発見
2:コア・アイディアの確定
3:ゴールイメージの設定
4:アウトプットのクオリティ管理

 1のミッションとは、「売上をあげたい」「認知度を高めたい」などのクライアントの要求を、もっと高次元にまで突き詰めてクライアントに還元することだという。

「本当の問題はなにか?」。細かくゴチャゴチャからみ合ったクライアントの問題をさらに突き詰めるのだ。

 次の2、コア・アイディアとは、ブランドの持つ「本質をワンフレーズに凝縮する」こと。例えばP&Gがオフィシャルスポンサーとしてロンドンオリンピック期間中に行ったキャンペーン「サンクス、マム」。子供がオリンピック選手になるまでを、サポートする母親の目線で描いたシリーズだ。

 ここでのコア・アイディアは「オリンピックで尊敬すべきは選手のお母さんである。お母さんが一番えらい」というものだ。このキャンペーンでは、対象をお母さんに絞ったこと、また一方では「お母さんが一番えらい」という、言ってみれば誰でも知っているし誰も逆らえないメッセージを設定したことが成功したコア・アイディアの好例だという。

 3のゴールイメージとは、人を動かし、共感させるための「雰囲気作り」のことのようだ。なぜなら優れた表現は、“理屈抜きに”人の心を動かすものだからだ。
 エナジードリンクのレッドブル。これを手がけたドイツのクリエイティブ・ディレクターは、「翼を授ける」というコア・アイディアのもと、「勇気を与える・不可能はない」というイメージをつくりだすことにした。そのため、エクストリーム・スポーツ・イベントを開催したという。ヒマラヤをマラソンしたり、アマゾン川でサーフィンをしたり。

 他にもリクルート社の企業広告「ヒトを応援する」などを例に挙げている。ただし、どうやったら人の心を動かすことができるのかという具体的な方法論は、残念ながら本書には書かれていない。

 最後の4、アウトプットのクオリティ管理は、アートディレクターなどの制作スタッフをマネジメントすることだ。「びっくりさせる力、納得させる力」を表現に持たせることを目指す。そのために「仕事とチームを追い込み」そして「キリのない作業」であるという。さすがです。

ほかの業界にどう生かすかが課題

 さて、ここまでクリエイティブ・ディレクションという仕事の本質を見てきた。次はこのプロセスを自分の仕事にどう生かすかなのだが、こちらも残念ながら、その具体的な方法が本書にはほとんど書かれていないのだ。

 広告以外のクリエイティブ・ディレクションとして、ファッションデザイナーのトム・フォード、リブセンス創業者の村上太一氏、オバマ大統領の大統領選が例として挙げられている。だが、この人たちがクリエイティブ・ディレクションの方法をどのように生かして成功を収めたのかは、イマイチよくわからないのだ。本書に書かれているクリエイティブ・ディレクションの方法論は、「クリエイティブ」という感性だのみの仕事を、論理的に説明してくれている点では優れている。

 広告における多様な問題の解決までのプロセスを、ここまで体系立てて解説した本は恐らく今まで存在しなかったはずだ。でもそれを理解し、別業界で働く我々が実践するのは、結構難しそうだ。

 2045年、我々が失業しないためにも、願わくは、本書のエッセンスをより理解するためのドリル形式のワークブックが欲しい。そう思わせるだけのポテンシャルを秘めているのは間違いない本なのだが……。

文=坂東太郎(id-press)