ハイジのおじいさんは元傭兵 ―世界名作劇場で描かれなかったこと

マンガ・アニメ

2015/11/3

『アニメで読む世界史』(藤川隆男:編集/山川出版社)
『アニメで読む世界史』(藤川隆男:編集/山川出版社)

 ハイジ、ネロ、マルコといえば、誰もが知っている世界名作劇場の主人公たち。世代によって懐かしいと感じるキャラクターは違うだろうが、子どもの頃、主人公たちに感情移入しながら毎週見ていたという人も少なくないだろう。しかし、原作との違いや歴史背景を考えながら見ていた人はどれだけいるだろうか?

 そこで、世界名作劇場の主人公たちが生きた時代を、アニメや原作の内容、原作者の考え方などを織り交ぜながら解説してくれる本『アニメで読む世界史』(藤川隆男:編集/山川出版社)を紹介したい。

 この本はタイトルに「アニメで読む」とついているものの、アニメの絵が使われている本ではない。世界名作劇場の舞台となった国々や主人公たちが生きた時代の世相、原作者が何を伝えようとしていたかなどについて歴史的な観点から解説した本で、挿絵がところどころにあるだけの読み応えある1冊だ。

まずは『世界名作劇場』について知っておこう!

 『アルプスの少女ハイジ』がアニメ放映されたのは1974年。今から40年以上前の作品であるにもかかわらず、未だに登場キャラクターがCMに起用されるなど根強い人気を誇っている。その翌年には『フランダースの犬』が、またその翌年には『母をたずねて三千里』が放映され、日曜日の夜は子どもが主人公の世界名作アニメが放映されるというパターンが定着した。ハイジの放映当時は『カルピスまんが劇場』と呼ばれていたが、この枠は後に『世界名作劇場』と呼ばれるようになる。

 世界名作劇場は、地上波では1996年の『家なき子レミ』まで続き、その後2007年から2009年まではBSフジで3作品が放送された。つまり、足掛け35年もの間放送されてきたシリーズなのだ。そのため、初期と末期ではリアルタイムで見ていた層が違う。しかし、再放送で見たり、親が懐かしさから子どもにビデオやDVDを見せたりしたことから、古い作品を知る若い世代も多い。この本の『アニメで読む』というタイトルは、「アニメを思い出しながら読む」とか「アニメとなった名作を意識しながら読む」といった意味だと考えればよいだろう。

ハイジもネロもマルコも特別な存在ではなかった!

 この本に取り上げられている作品は『レ・ミゼラブル』『フランダースの犬』『家なき子レミ』『ペリーヌ物語』『アルプスの少女ハイジ』『小公女セーラ』『母をたずねて三千里』『家族ロビンソン漂流記――ふしぎな島のフローネ』『トム・ソーヤの冒険』『トラップ一家物語』の10作品。その舞台のほとんどはヨーロッパだが、アルゼンチンやオーストラリアなど南半球へ移動する話も含まれている。また、これら10作品の時代設定はすべて19世紀から20世紀初頭で、うち8作品の舞台はわずか30年ほどの間に収まる。つまり、同じ時代を生きた主人公たちの生き様が違う切り口から描かれているということなのだ。

 19世紀といえば日本では幕末の頃。ヨーロッパも市民革命や産業革命、植民地争奪戦といった大きな変化が次々と起こる激動の時代だった。そんな時代背景があることを知らないと、どの作品も「ひとりの子どもが差別や貧困にも負けずにたくましく生きていく話」という印象で終わってしまう。その点どんなことが起こった時代の作品なのかがわかると、主人公はその時代を生きた子どもたちの代表であることがわかる。そう、ハイジもネロもマルコもその時代においては特別な存在ではなかったのだ。

時代背景を知るとアニメも原作も見直したくなる!

 今この文章を読んでいる人の中には、子どもの頃に世界名作劇場をリアルタイムで見た人や再放送で楽しんだ人だけでなく、昔を懐かしむ親たちにビデオやDVDで見せられた若い世代もいるだろう。しかし、どんな人でもこの本で作品の歴史的な背景を知ると、アニメや原作でどのように描かれていたのかを確認したくなるはずだ。

 子どもの頃見た作品を大人になってから見直すと、その頃には気がつかなかった新たな発見をすることが多い。子どもは主人公に感情移入して主人公目線で作品を見るのに対して、人生経験を積んだ大人は周りのキャラクターの動きやセリフの裏にある思いを感じ取ることができるからだ。

 例えば、ハイジに出てくるアルムのおんじの過去はアニメでは語られていない。そのため、村から離れた場所に1人で暮らしている理由も単に偏屈な性格のせいという程度で流されていた。しかし、原作の中ではその理由が語られている。実は、若い頃賭け事やお酒で身を滅ぼし、傭兵として外国の戦地に赴いた過去があったのだ。そのことによって、実際に人を殺したか殺していないかにかかわらず、村人たちに人殺しと噂され、村の中に住めなくなっていたという。とは言え、さすがに子ども向けアニメでここまでは語れなかっただろう。

 また、意地悪なキャラとして知られるロッテンマイヤーさんについても、不思議に思ったことはないだろうか? ゼーゼマン家の雇われ人でありながら、クララのお父様やおばあ様からも敬語を使われていた。なぜ対等な立場で話ができていたのかというと、彼女がただ気の強い女性だからではなく、立場が家政婦ではなく教育係だったからだ。名家にふさわしい立ち居振る舞いを教えるのが彼女の仕事。ゼーゼマン家にふさわしい立ち居振る舞いを何も知らないハイジをいちから教育するのだから当然あのような態度になるわけだ。それを子どもにわかるようにアニメの中で説明すると、かえって魅力的でなくなってしまう。だから、アニメはあれでよかったのかもしれない。

 

 ただ、このような背景を知った後でアニメを見直せば、アルムのおんじがただの寡黙なおじいさんでないことも、ロッテンマイヤーさんがただのいじわるなおばさんでないこともわかる。この本は、アニメ作品を懐かく感じながら世界史を学べるというだけでなく、自分がそういったことがわかる大人になったことも確認できる貴重な1冊でもある。

文=大石みずき