「自分がダメだから…」と思い込みがむしゃらに働く日本人 会社に振り回されない生き方とは?

ビジネス

更新日:2016/1/13

『日本人の働き方の9割がヤバい件について』(谷本真由美 @May_Roma/PHP研究所)
『日本人の働き方の9割がヤバい件について』(谷本真由美 @May_Roma/PHP研究所)

 先日、終電を逃して仕方なくタクシー乗り場へ向かった。運転手の乗ったタクシーが数台停まっている中で、先頭車両は運転手のおじさんが客を迎えるべく車の前で屹立していた。近づいて行き先を告げると「〇〇までですか!? ありがとうございます!」と非常に喜ばれ、こちらはうなだれながら後部座席に乗り込んだ。気のいいおじさんに問われるがまま身の上話をし、おじさんにもなぜタクシー運転手をやっているのかと聞いてみる。すると、3年前までコーヒーの製造会社で働いていたが病気を患って辞めざるをえなくなったという。

「自業自得なんですよ。あの頃はとにかく忙しくて、無理して働いていたから」

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 「自業自得」という言葉に違和感を覚えた。3人のお子さんがいる家庭を養うおじさん。そのとき無理をせずに働き続けることができる選択股があったのだろうか。私たちは人生の大半において、生きるために仕事をする。それなのになぜもっと思い通りに働けないのか、楽しく気持ちよく働けないってなんて不自由な世の中なんだろう。…と思うのはやっぱり甘い考えだろうか。

 迷える私たちに働き方を指南する自己啓発書。数年前に『キャリアポルノは人生の無駄だ』(谷本真由美 @May_Roma/朝日新聞出版)が、これを「キャリアポルノ」と過激な言葉で呼んで非難し話題になった。今回発行された同じ著者による『日本人の働き方の9割がヤバい件について』(谷本真由美 @May_Roma/PHP研究所)でもこの主張は健在。成功している人は人脈や時代などの外的要因に影響された可能性が高く、これをそのままコピーするのはほとんど不可能とする。それなのに、多くの人は「自分はダメだなぁ」と、本来社会へ向けるべき怒りや不満を自分に向けてしまっていると嘆く。

 確かに、上司に責められ「自分ができないから…」と思いがちな人は多い(かくいう私もその一人だが)。「自分は悪くない!」などと主張すれば傲慢だと思われる。日本人には自己を見つめて反省することを美徳とする風潮があるせいのように思うが…。しかし、こと現代日本人の働き方に関して言えば、谷本氏は大間違いだと豪語する。

 谷本氏が本書で主張するのは、悪いのは人ではなく会社であるということだ。日本の会社は年功序列と終身雇用でがんじがらめになって新陳代謝せず生産性が低いと、容赦なく非難する。

 谷本氏の経歴を見ると、日本を俯瞰する姿勢の背景がわかる。彼女は高校生の頃から元々バックパッカーとして中央アジア、東南アジア、ロシアなどへの渡航を繰り返していたというツワモノ。アメリカ留学も経験し、卒業後はアメリカでインターンとして働き、その後日本の企業にも勤めている。現在は日本とヨーロッパを往復する生活を送っているそうだ。こうした経験から、谷本氏は日本と海外の企業をさまざまな視点から比較。多くの先進国はより高い報酬を求めて転職を繰り返すことが当たり前なのに対し、日本はひとつの組織に対する忠誠心を重視する傾向が強いことなど、日本とその他の先進国の働き方に大きなギャップを感じている。

 そんな谷本氏が提案するのは「自分商店」を作ること。正確には、日本もグローバルな規模での働き方が進む中で自分商店化せざるをえない状態にあるという。それは、「働く人各自が、自分を、小さなお店として考えて、そのつど、お客様(雇用主、もしくはクライアント)にノウハウや技能を売って歩く」ことだ。

 「でも、人生はうまくできてるもんですね」とタクシーの中で弾んだおじさんの声を思い出す。タクシー運転手としての能力があることに気付き、以前よりずっと楽しく仕事をしていると話していた。途中でメーターを切って負けてくれた料金を渡すと、こちらをしっかりと振り返って「お客さんもきっとお仕事うまくいきますよ」と満面の笑みで送り出してくれたことが印象深い。深夜、予定外の出費に意気消沈としていたが、自宅の扉を開くときにはほっこりとしていた。「自分商店」が浸透していれば、おじさんは体を壊すことなく天職を見つけられていたかもしれない。

 谷本氏はさらに、情報通信技術の進化によって、仮想空間で限られた期間だけ会社のような形態を作って仕事をすることが可能になったために、じきに会社というシステムは終焉を迎えると予言する。そうなればもう、日本人がこだわる忠誠心とやらも持ちようがない。私たちには渡り鳥のように働く未来がやってくる。

 ただ、そのためには自分の能力を高めること、もしくはほかの人が持ちえない能力を開発することが不可欠になってくるはず。それができずに「無能」の烙印を押され続けることになったら…。そう考えずにはいられず、能力を見出せたタクシー運転手のおじさんをうらやましく思う私だった。

 

文=林らいみ