「人間社会こそが犬の自然環境である」 人間と犬の関係について考えさせられる1冊

社会

公開日:2015/11/5

『犬が私たちをパートナーに選んだわけ ―最新の犬研究からわかる、人間の『最良の友』の起源―』(原題「What’s a Dog For?」ジョン・ホーマンズ、訳・仲達志/CCCメディアハウス)
『犬が私たちをパートナーに選んだわけ ―最新の犬研究からわかる、人間の『最良の友』の起源―』(原題「What’s a Dog For?」ジョン・ホーマンズ、訳・仲達志/CCCメディアハウス)

 日本では、6世帯のうち1世帯は犬を飼っているというデータがある。犬は人間に対して従順で、時には生涯の友となり、時には家族間の潤滑油になる。ところで、なぜ人と犬は対等な関係を築けているのか。また、それは本当に対等なのか。そんなことを提起しながら書かれたのが、『犬が私たちをパートナーに選んだわけ ―最新の犬研究からわかる、人間の『最良の友』の起源―』(原題「What’s a Dog For?」ジョン・ホーマンズ、訳・仲達志/CCCメディアハウス)。著者は、自身もニューヨークの自宅で愛犬・ラブラドールの雑種・ステラを飼っている「New York誌」のエグゼクティブ・エディター。

 本書では、近年研究されている「犬学」にまつわる取材から得た多種多様なエピソードが、約400ページにもわたって綴られている。先日のニュースでは、激化する犬のブリーディングに対し、日本の環境省がそれを制限するという動きが報じられた。そこで本書の中から、犬の歴史や進化にまつわる内容を中心に紹介したい。

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 犬と人間の協力関係がスタートしたのは、今から1万~1万5000年前。長い歴史の中で、その関係性はすこしずつ変わってきている。さまざまな犬種がブランドとして確立されたのはビクトリア朝時代(1837~1901年頃)。当時は、羊の番を任されるシェットランド・シープドッグのように、特定の仕事をするために犬が品種改良されていた。現代になると、主に外見そのものを目的に繁殖が行われるようになり、近親交配などによって生み出される純血種の遺伝的問題が指摘されている。

 キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルは頭蓋骨のサイズを縮小するように改良された。その結果、おそろしいことに、この犬種の約50%に、小さな頭蓋骨に脳が収まりきらなくなる「脊髄空洞症」のような基礎疾患があることが認められている。それが症状として現れるのはごく一部で、もし無症状に見えていても、じつは慢性の苦痛に悩まされていて、鎮痛剤を与えると表情が緩和されるという獣医師もいる。言葉が通じないゆえに、彼らにはそれを訴えることができない。

 また、ジャーマン・シェパード・ドッグは腰の位置を低くするために改良され、膝関節が外に曲がってしまっているという。ダックスフントはどんどん短足になり、体重が増えすぎると立てなくなることがあり、パグは興奮しすぎると気管に軟口蓋が詰まって酸欠を起こし、失神することがあるという。しかし、犬はかなり簡単に昔の姿に戻ることもできる。犬の繁殖には、継続的に人間が介入してきたからだ。たとえば、ポーチュギーズ・ウォーター・ドッグは、ほんの数頭の個体によって元の姿が再現され、絶滅を逃れた。

 人間のエゴによって、いかようにも変化を強いられてきた犬たち。ところが彼らは、人間をパートナーにすることをやめようとはしない。本書では「犬とオオカミの違い」について綴られているが、気難しく、その数が減少しているオオカミに比べて、犬の数は増加し、種の生き残りに成功したといえる。その理由は、古くから人間にパラサイトしてきたからだという説がある。

 犬学もまた、「人間社会こそが犬の自然環境である」という前提からスタートしている。犬は家族を作るところなど人間に似ている部分も多く、犬を「名誉人類」とする考え方もある。一説によると、犬が主人の顔を見つめたり甘えたりするのは「従順さ」と見なされるが、これは人間の赤ちゃんと同じ「母親やベビーシッターに対する愛着」だそうだ。人間に惜しみなく愛情を注いでくれる犬たち。しかし、人間はそんな彼らに対して、過ごしやすい社会を提供できているのだろうか?

 アメリカの昨今の「犬本」は、しつけや訓練の仕方ではなく「犬をいかに理解するか」を重視したものが増えているという。本書も例にもれず、しつけの仕方がくわしく書かれているわけではなく、犬について深く理解し、考えるためのヒントがちりばめられている。一見、学術書のような趣きもあるが、愛犬ステラの茶目っ気たっぷりのエピソードも随所で語られている。犬ともっと深く向き合いたい、という気持ちが強く伝わってくる一冊だ。

文=麻布たぬ