学校に存在する美醜のヒエラルキー 最下層に属する少女の“正義”

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

 「見かけで人を判断するな」。子供の頃から何度も繰り返し聞かされたこの言葉、否を唱える人などいないだろう。だが、本当に心の底からそう思っているのか、と問われれば、ちょっと躊躇してしまうのは、私だけではないはずだ。大人ならば第一印象があてにならないことぐらい、嫌というほど経験しているので、美醜は単なるひとつの基準でしかない。けれど、経験の少ない子供の世界では…? 思い起こせば、体格もそうだが、見た目のことで、嫌な思いをしたことは誰でも一度や二度はあるだろう。あの、子供の頃の「美醜」の絶対性、見た目の良い子は一目置かれ、その逆においては、下手をするとクラスの嫌われ者としていじめの対象にもなりかねない。そんな人間性を否定した残酷な世界と、無神経さゆえ、もしくは秘められた楽しみのために、これに烏合する大人たちの姿を冷徹にくっきりと描き出したのが、朝比奈あすか氏の最新作『自画像』(双葉社)だ。

 細かな心理描写で、等身大の女性たちの「今」を鮮やかに表現したこれまでの作品とは、テイストがかなり異なるこの新作、ジャンルはミステリーになるのだろうが、その枠では到底収まりきれない重みと奥行きを持っている。物語は30代半ばの女性「田畠清子」が、自分の中学時代を婚約者に語り出すところから始まる。彼女が入学したのはある共学の私立中学。酷いニキビに悩んでいた彼女の目を通して語られるのは、見かけの美醜による絶対的ヒエラルキーと、このヒエラルキーの最下層とトップに位置する2人の少女の存在だ。最下層の少女は「顔じゅうを覆う、ひどい湿疹とニキビ」でクラス中から「気持ちが悪い」と嫌がられるが、ひとり静かに淡々と毎日を過ごしている。一方その美しさでヒエラルキーの頂点を極めた少女には、誰にも言えない秘密がある…。

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 「醜いものは虐げられて当然」そんな歪んだ価値観がまかり通るこの閉鎖空間の中で、担任教師が学校から追放されるという「騒動」が起こる。それが引き起こされたのは、誰もが故意に無視する最下層の少女の、容赦ない告発によってであり、そしてそれは、現在につながる、正義とはいえ極めて危険な「活動」の始まりだった。

 徹底して細部にこだわった、冷え冷えとした心理描写と、そこから浮かび上がる人間のグロテスクさに、終始戦慄させられる。特に、物語の根幹をなす田畠清子のモノローグは、語り手自らの暗部を抉り出すような痛々しさに満ちており、どのグループに属するかが死活問題だった、自分の中学時代の閉塞感をまざまざと思い出させられて、今更ながら苦しくなった。

 実はこの長い独白の部分に物語全体の巧妙な伏線が張り巡らされており(それは読み進めるうちに自ずと分かるのだが)、それに気付いた瞬間、話の途中で感じた微妙な違和感の原因はここにあったのか、と大いに納得させられた。そして立場をすっかり逆転させる鮮やかなどんでん返し。そういう点では確かに見事なミステリーだ。

 けれどこの作品の真骨頂は、単なる「面白かった」で終わらないところだろう。読み終えた後の、このなんとも言えない、殺伐としたやり切れなさ…。確かに救いはあるのだ。登場人物たちはそれぞれ進むべき道を見つけ、自分の殻から解き放たれる予感を残して物語は終わる。まさに破壊と再生の物語。それでもこの、ひんやりと硬質な文章で描き出された、人間の持つ歪んだ衝動の「毒気」に当てられた、というのだろうか。徹底的に搾取する大人と抵抗する手段を持たず、自らを責める子供達…。タブーともいうべき衝撃的なテーマを扱ってはいるけれど、興味本位で読むにはずっしりと重い、奥深い一冊だ。

文=yuyakana

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