「手つかずの自然」など、もはや幻想でしかない――京都大学出身の現役猟師が綴る日本の自然

社会

2015/11/9

『けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然』(千松信也/リトルモア)
『けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然』(千松信也/リトルモア)

 日本の野山の自然は美しいし、そこに生きる動物たちは可愛らしい。野生の植物・動物たちは、きちんと保護されるべきだ。

 ……というような考え方は、日本の都会に暮らす多くの人たちが無自覚に共有しているのではないだろうか。『けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然』(千松信也/リトルモア)は、そんな素朴な心情に対して、一段深い視座を与えてくれる一冊だ。著者は京都大学文学部在学中の20代の頃(2001年)に狩猟免許を取得。現在も運送業の傍ら、猟を行っている現役の若手猟師である。

 本書には、狩猟対象である動物たちや、山野の自然と日々向き合う著者の20のエッセイが収められている。冒頭に記されている、著者が猟師になった動機は以下のようなものだ。

猟師には動物好きが多い。僕も動物とともに森で暮らしたいという思いもあって、狩猟を始めた。肉を食べるのなら、自分でその動物の命を絶つところからしたいと思ったからだ。

 「動物が好きだから猟師になった」というロジック自体が「???」の人もいるかもしれないが、そんな人も動物の肉は日常的に食べているだろう。そして都会に暮らす人々には、可愛らしい対象でしかない野生動物が、農業や林業を営む人たちにとっては獣害を生む存在であり、やはり時として駆除の対象となることも本書には記されている。つまりこの本には、都会に生きる多くの人が忘れていること、もしくは「考えないようにしていること」が書かれているのだ。

 しかも、ヌートリアを有害駆除で捕獲して「こんなかわいらしいのに殺さなあかんなんて殺生な話やなあ」とつぶやく猟師も出てくれば、京都の伏見稲荷大社ですずめの丸焼きを食べて、「脳みそがぷちゅっとしてておいしいです!」と語る地元の女子大生も出てくる。著者は自らが考える問題について安易な結論は出さないので、本書の読者は「動物を食べるとはどういうことなのか」「残酷さとは何なのか」といったことについて、自分の頭で考えることになるはずだ。

 また本書は、日本の自然に対しても新たな視座を提供してくれる。自然から離れて生きる現代人ほど、「手つかずの自然」というような言葉を使いがちだが、著者は「『手つかずの自然』など、もはや幻想でしかない」と書いている。

 現在の里山の自然が、人間による利用・改変により現在の形になったということ。オオカミという上位捕食者を絶滅させたことが、近年のシカの急増などとも関係しているということ。そんな里山を「そのまま放置するのは、『自然保護』ではなくむしろ自然破壊の継続」と確認したうえで書かれる、「僕は本当に自然を破壊するのは、森とのかかわりもないままに自然保護だ管理だと言っている人たちだと思っている」という著者の言葉は非常に重い。

 なお著者は、「動物をさばけるからといって偉いわけではないし、猟師だけが命の大切さを知っているわけではない」とも書いているし、誰もが猟師になる必要はないし、なれるものでもないだろう。ただ、本書を読めば「自分が日本の自然のサイクルにどのように関わっているのか」については、今一度考えることができるはずだ。「自然が好きだ」という人にこそ読んでほしい一冊である。

文=古澤誠一郎