無意識の共同作業が生み出すアート! 106カ国の「試し書き」を集めた人物がその魅力を語る

文芸・カルチャー

2015/11/10


『「試し書き」から見えた世界』(ごま書房新社)

 ペンの書き味や、インクが出るかどうかの確認のため、文具店に設置されている「試し書き」の用紙。そこには面白い絵や、意味ありげなメッセージが書かれていることも多く、「気になって見たことがある」「自分もよく落書きをする」なんていう人もいるだろう。

 そんな試し書きを収集している奇特な人物がいる。その人とは“試し書きコレクター”の寺井広樹氏。彼がこれまでに収集した試し書きの数は、なんと2万枚。収集地域は日本を超えて世界に及んでおり、収集した国は106カ国にも及ぶそうだ。

 そんな寺井氏による著書が『「試し書き」から見えた世界』(ごま書房新社)。この本は、彼の試し書き収集活動をまとめた紀行文であり、試し書きを通して各国の文化を探り・比較する文化人類学的な内容にもなっている。

 本書の巻頭には、彼の収集した試し書きがカラー写真で紹介されているので、そちらを見ていただきながら、本書の内容を紹介していこう。

 こちらはタイの試し書き。「微笑みの国」と呼ばれる国だけあり、心温まる可愛らしいイラストが印象的だ。色使いの明るさにも、温暖な気候の国らしい雰囲気が表れている。

 アートの街・ニューヨークの試し書きは、まさにポップアート。カラフルな線がバランスよくちりばめられ、ログハウス風の家、キャラクターの顔も見える。

 エジプトの試し書きにはアラビア文字が。「アラビア書道」と呼ばれる書道の文化がある地域だけあり、日本の書道にも似た美意識を感じる。用紙の質感もシブい!

 こちらはケニアの試し書き。アフリカ諸国の試し書きは、インクがきちんと出ないペンが多いこともあってか、「本気度」が高いものが多いそう。この試し書きも、あまりの筆圧の強さに破けてしまっている。

 また、言葉の通じない外国の文具店で、試し書きをゲットするまでの苦労談が書かれているのも本書の面白さ。怪しまれて断られることもある一方で、「あげるけど、その代わり何か買って」と暗に要求されることもあるそうで、中国ではコクヨの「キャンパスノート」にソックリな「Gambol」のノートを5冊買わされたという(なお「Gambol」ブランドは2011年にコクヨに買収された)。

 この肩の力の抜けた試し書きの世界を、寺井氏は「見知らぬ人同士が、無意識のうちに共同作業をして作り出すアート」だと述べる。試し書きには、国や地域ごとの文化の違いが表れるほか、その時期の流行語が書かれることも多く、2015年の日本では「ラッスンゴレライ」の文字を多く見かけたそう。これも無意識の発露の一種だろう。

 一方で、「絆」という字も最近の日本では目立つそうだが、そこに字を足して「絆創膏(ばんそうこう)」にしてしまう試し書きもあったという。無意識が表れ、そこにユーモアも加わる試し書きの世界には、やはり既存のアートにはない面白さがある。本書はそのことに気付かせてくれる一冊だ。

 なお、寺井氏の目下の悩みは「試し書きの魅力を人に伝えたい反面、みんなが意識的に試し書きをするようになったら困る」ということだそう。なので、この文章を読んでしまったみなさんは、「事前に瞑想をする」「シュールレアリスムの自動筆記を体得する」「寝ぼけた状態で文具店に訪れる」など工夫をして、心の奥の無意識を解放しながら試し書きに臨んでいただけたら幸いである。

文=古澤誠一郎
写真提供=寺井広樹