「仕事とは何か」というテーマに深く切り込む! 大人絵本の復刊版『ケチャップマン』のシビア展開がスゴイ!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17


『ケチャップマン』(鈴木のりたけ/ブロンズ新社)

 「自分がやりたい仕事に就く」――これが意外と難しいことは、大人なら誰でも知ってるはずだ。今回ご紹介する『ケチャップマン』(鈴木のりたけ/ブロンズ新社)の主人公も、理想と現実のギャップに悩める、ごく当たり前な青年の1人だ。しかし、そんな彼にはひとつだけ、人とは違う強烈な個性があった。それは彼が“ケチャップ”だということ。

 ケチャップマンの外見はとてもシュールで前衛的。ケチャップの容器から手足がニョッキリ生えただけで、目や鼻がないのっぺらぼうだ。そして普通、そんな外見の主人公であれば、ほのぼのした展開になりそうなものだが本作はちょっと違う。「仕事とは何か」というテーマに深く切り込み、いろいろと考えさせられる大人もたのしめる絵本になっているのだ。まずは、そのシビアなストーリーを紹介しよう。

 主人公のケチャップマンは「自分にしかできない何か」を探していた。彼は自分のアイデンティティ(ケチャップ)に自信があり、それを活かせる仕事に就きたいと願っていたが、なかなか成就できずに悶々とした日々を過ごしていた。そんなある日、彼は偶然にもフライドポテトの専門店をみつけ、すかさず飛び込む。そして自慢のケチャップをアピールするのだが、店長はまったく興味すら抱かない。結局、店が人手不足だったこともあって、ケチャップマンはただのアルバイトとして雇われることになるが……!?

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(左)夜中までポテトの揚げ方を猛特訓。もちろんエプロンはちゃんとつけるケチャップマン
(右)腹をよじり、ひねり出したケチャップを触る仕草がちょっとカワイイ

 ここでいじらしいのが、ケチャップマンがひどく不器用ということ。ポテトを揚げるのが半人前なので、店長に怒鳴られつつ毎晩遅くまで特訓をすることになるのだ。己のアイデンティティを活かせないばかりか、不慣れな労働に勤しむケチャップマン。その姿には、思わず共感してしまう人も多いのではないだろうか。

 そして夜、疲れてアパートに帰ってきたシーンがまた泣ける。裸電球の下、ケチャップマンは窓から身を乗り出して街の灯をボーッと眺める。顔に表情はないのだが、その光景はまるで「俺、なにやってるんだろう……」とでもいわんばかりに悲哀感がたっぷりなのだ。そのケチャップらしからぬ“人間臭さ”には、つい「がんばれ」と声をかけたくなってしまう。

部屋の灯りはまさかの裸電球。侘びしさもひとしおだ

 しかし、本作は絵本という媒体にもかかわらず、なぜこれほどまでにハードな現実を突きつけてくるのか。その秘密は作者・鈴木のりたけの経歴にある。今回発売される『ケチャップマン』は、デビュー作に加筆&修正を加えた復刊。いまでこそ「しごとば」シリーズ(ブロンズ新社)で人気の作者だが、この絵本を制作した2007年当時は、まだグラフィックデザイナーとして働いていた。つまり、苦悩するケチャップマンの姿は当時の作者そのものなのだ。だからこそ真に迫った共感を生み、心に響いてくるのだろう。

 ちなみに、このあと『ケチャップマン』のストーリーはトメイト博士の登場によってトンでもない方向に展開していく。彼が巻き起こすハッチャケた展開は、思わず息を飲むほど衝撃的なので、ぜひご自身の目で確かめていただきたい。

こんな怖いトマトキャラは他に知りません

文=西山大樹(清談社)