直木賞作家が描くクライムノベルの傑作! 自らの人生を切り開くために一線を踏み越えて駆けだす女たち

文芸・カルチャー

2015/11/17


『ナオミとカナコ』(奥田英朗/幻冬舎)

 奥田英朗氏はすでに多くの傑作をものにし、数々の文学賞に輝いている現代を代表する作家のひとりだ。彼の作品は大きくふたつのグループに分けることができる。ひとつは、直木賞受賞作『空中ブランコ』(奥田英朗/文藝春秋)に代表されるようなトラブルに直面した人々の姿を時に人情も交え、面白おかしく描いたユーモア小説。もうひとつは、そのトラブルがのっぴきならないことになって犯罪にまで発展するクライムノベルだ。どちらにも共通して言えるのはキャラクター描写のディテールが細やかなことで、故に、トラブルに直面した彼らのリアクションには単なる絵空事とは思えない臨場感がある。気がつくと読者は登場人物に感情移入し、彼らの行く末を見届けるべく、物語の流れに身を任せることになる。今回紹介する『ナオミとカナコ』(奥田英朗/幻冬舎)もまさにそういった作品だ。普通の人間が犯罪に手を染めるさまを、彼らのキャラクター性を存分に引き出しながら丁寧かつテンポよく描いている。

 主人公のひとりである小田直美は百貨店の外商部に勤めるOLだ。代わり映えしない日々に鬱屈した思いを抱える20代後半の平凡な女性というイメージで描かれている。しかし、エピソードを重ねるにしたがって、実は芯が強く、いざという時には思い切った行動もとれる人物であることが次第に分かってくるのだ。一方、直美の親友であり、もうひとりの主人公でもある服部加奈子は夫の暴力に対して黙って耐えるだけの大人しい女性である。現実世界でDVの被害にあっている女性もこんな感じなのだろうなと思わせる描写が続く。しかし、彼女もまた、あることを契機に生き生きとした姿を見せ始める。単に、強い女性、弱い女性といったテンプレ的な描写ではなく、重層的に人物像が構築されていくので、一見突飛な行動にも説得力が伴っており、読者が感情移入をしやすい作りになっているのだ。

 物語は、直美が加奈子の夫のDVを知るところから動き出す。直美は警察に被害届を出した上での離婚をすすめるが、加奈子は夫の復讐が怖くて踏み出せない。一方、直美の方も仕事にトラブルを抱えていてその解決のために奔走するのだが、偶然の巡り合わせによってある計画を思いついてしまう。それは、周囲に疑われることなく、加奈子の夫を亡き者にする方法だった。その話を加奈子にすると、それまで頑なに離婚を拒んできた彼女が、意外なほど素直に説得に応じてくる。

 ここまでが序盤の展開だが、人物が丁寧に描き込まれているためにその心情がよく理解でき、離婚話から夫の殺人計画への飛躍が少しも不自然に感じられない。物語の基本構造そのものはよくある倒叙ミステリーだ。しかし、キャラクターの魅力に支えられ、手に汗握る展開が続く作品に仕上がっている

 キャラクターの魅力と言えば、直美と奇妙な友情で結ばれることになる李朱美もそうだ。華僑の女社長であり、登場当初はずる賢くて図々しい、端的に言えば、テンプレートに忠実な嫌な中国人として描かれている。しかし、そんな彼女も角度を変えて見ることによって、不屈の精神を持ったバイタリティあふれる女性といった人物像に変換されていく。一方、加奈子の夫にしてすべての元凶である達郎に関しては、DVによる暴力シーンは一切描かれない。それどころか、直美の前では常に好青年然とした姿を見せ続けるのだ。そのことによって、逆に、読者の想像力が喚起され、彼の心の奥に潜む暴力衝動の不気味さを際立たせることになる。このように、物語に深みを与えるため、人物の多面性を効果的に用いるのは著者ならではの技巧だと言えるだろう。

 そして、もうひとり、本書を語る上で欠かせない登場人物が、達郎の妹である陽子だ。彼女は真実を追求し、真相へと迫る探偵の役割を担っている。派手好みでプライドが高く、主人公サイドからすればいかにも憎々しい敵だ。しかし、一方で、洞察力に優れ、情の深いところも見せる憎まれ役だけでは終わらない厚みを持った人物でもある。もし、彼女を主役にし、物語を逆の視点で構成し直したとしても、それはそれで面白い作品になったかもしれない。

 ともあれ、これは直美と加奈子の物語である。彼女たちは共謀して達郎を殺害するが、完全犯罪と思っていた計画に綻びが生じ、次第に追い詰められていく。苦境に立たされるさまを見ている内に、読者は殺人犯であるふたりを全力で応援している自分を強く意識するだろう。彼女たちに肩入れしてしまうあまり、探偵役の陽子のことが単なる悪人に見えてくるかもしれない。この善悪を越えて作中人物に感情移入してしまえるところが、本書の持つ小説としてのパワーである。

 殺人という最大のタブーを犯すことで、より友情を深め合う直美と加奈子。その結末がいかなるものかは、ぜひ、あなた自身の目で確かめてほしい。

文=HM