文芸の力で世界が変わる? 小説家志望の偏屈な少女の物語

マンガ

更新日:2016/1/13


『響~小説家になる方法~』(柳本光晴/小学館)

 小説投稿サイトには、日夜多くの作品が投稿されている。さまざまなスタイルの小説が投稿されているが、文学小説家デビューを求めて小説を投稿する人は少ないのではないだろうか。

 ただでさえ「若者の活字離れ」が叫ばれている昨今、出版数に比べて本の売上はどんどんと悪くなっている。芥川賞と言ってもその肩書だけでは食ってはいけないのが、出版界、特に文芸の世界の現状だ。

 そんな文芸の世界に、新星のようにきらめく時代をつくる作家を求める編集者のもとに封筒が届く。今どき珍しい手書きの原稿用紙に書かれた捨てられる寸前だった小説は、時代をつくるだけの筆力があった。『響~小説家になる方法~』(柳本光晴/小学館)はその小説を描いた少女、鮎喰響(あくいひびき)が主人公のマンガだ。

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 黒髪に眼鏡、地味な見た目と何を考えているか分からない寡黙な少女・響は小説に対して並ならぬ思いを抱いている。通学中にも本を読む文芸少女の彼女は、地味な見た目からは想像が付かないほどの偏屈な性格の持ち主だった。同じ高校の先輩にたいし首根っこを掴まれていたとはいえ、平気で指をへし折り、ボールペンで相手の目玉を刺そうとするのだから、不良マンガのヤンキーたちよりもその性格はぶっ飛んでいる。

 文芸少女と聞いて、可愛らしい少女たちの萌え萌えの日常や、キャッキャウフフ恋に部活に奮闘する姿を思い浮かべる人も多いだろうが、残念ながら本作品は、怪物級の文学少女の響の成長劇が主役だ。しかも、この響、まったくもって“萌え”な部分がない!

 ニコリと笑えば、主人公だから当然可愛らしいのだが彼女が笑いかけるシーンは驚くほど少ない。それに女子高生らしからぬ達観した物言いなどもあって、本作品は女子高生の可愛らしさを楽しめるマンガでは決してない。

 この『響~小説家になる方法~』というマンガは孤独に創作を志すものの“影”が巧みに表現されている作品なのだ。

 男子高校生がワイワイガヤガヤしつつジャンプの連載を目指すマンガ『バクマン。』(大場つぐみ:原作、小畑 健:作画/集英社)の正反対にあると言っても過言ではないだろう。友情や夢のために、一生懸命になる2人の少年の活躍とは違う、創作に命をかける者が抱える、才能があればあるほど深まる孤独という名の作家の影が『響~小説家になる方法~』では上手に表現されていた。

 主人公の響が抱える影や、彼女の1年上の先輩であるギャル風の凛夏が持つ響の才能への嫉妬という影。そして、彼女のことを思うがあまり、夢を応援できない、響の幼なじみの涼太郎の影。複数の影がからみ合って、本作品はつき進んでいく。

 このマンガの登場人物たちの不器用な生きかたを見て、小説家志望の人間は共感する部分があるのではないだろうか。自分の夢がすべてだけれども、夢をがむしゃらに追いかけるのは恐ろしい。保険があればそれにすがりたい、だからといって夢の邪魔になるのも困る。そんな夢を追いかける若者たちの姿が、この作品には描かれていた。

 今まさに夢を追いかけている人にとっては、考えさせられるマンガかも知れないが、夢を諦め大人になると彼らの生き方が、あまりにも青臭いことに気づく。一度社会に出てしまい、汚れてしまった大人の目には、才能を活かしきれていない世渡りベタな響の姿はいじらしく見えるし、響の才能に嫉妬し、彼女と比べてしまうが故に絶望する凛夏の気持ちも理解できる。自分の生活のために、保身を考えるようになった大人からすれば、幼なじみの涼太郎の方が、よっぽど“大人”で現実的な考え方だ。

 小説家だけでなく、何かしらの夢を追いかけたことがある人。あるいは今も夢を追いかけている人ならば、彼らの青春群像劇は非常に興味深いものに映るだろう。

 第1巻では、響が出版社に送った本を手にとった新人編集者の花井と、電話で一言二言話しただけで終わってしまったが、これから先、謎の怪物文芸作家を追って、編集者の花井がどのような行動を起こすのかという部分も非常に気になるところだ。

 まったく萌え要素のない女子高生が主役の作品だが、青い炎のような静かな“燃え”に、あなたはきっと心動かされることになるはずだ。

文=山本浩輔