幸福な老後への一手となるか? 日本を脱出してフィリピンに移り住む老人たち

生活

公開日:2015/11/26


『脱出老人:フィリピン移住に最後の人生をかける日本人たち』(水谷竹秀/小学館)

 小学校低学年の時だったか、隣の家に暮らしていた70歳前後の老夫婦。顔を見せると「こっちに来なさい」と手招きされ、よくお茶菓子をご馳走になった。学校での出来事を話すと、ニコニコしながら聞いてくれたことを覚えている。あの頃は何も感じなかったが、今ならあれが穏やかな老後というものなのだろうと思う。

 しかし、現在の日本ではそのようなささやかな老後も危ぶまれる状況だ。65歳以上の高齢者が介護を行なう「老老介護」や、介護疲れから無理心中を図るなど、暗い事件が後を絶たない。また、年金だけでは暮らしていけず生活保護を受ける「困窮老人」も、テレビや新聞の報道でよく耳にするようになった。決して他人ごとではない。

 人生の最後くらい幸福に過ごしたい。そう願う高齢者たちが藁にもすがる思いで導き出した解決策が「日本脱出」だった。『脱出老人:フィリピン移住に最後の人生をかける日本人たち』(水谷竹秀/小学館)では、実際にフィリピンへと「日本脱出」を試みた人々の実態に迫っている。

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 では、なぜフィリピンなのか。一つは物価が安いため、少ない年金でも十分に生活できることがある。移住者の中には退職金を元手に大きな家を購入し、メイドを何人も雇っている人もいるほどだ。これは日本では到底叶わない生活だろう。また、「一年中温暖」「原子力発電所がない」「明るい国民性が移住者を快く受け入れてくれる」などが人気の理由である。さらに、フィリピンの女性は歳の差を気にしないため、自分より一回りも二回りも若い女性が目当てで生活を始めた人もいるという。

 これを聞くと、自分も老後は…と考えてしまいそうだが、やはり住み慣れた日本を離れるのにはリスクもある。発展途上国であるフィリピンは、電気や水道などのインフラが日本ほど整っていない。世界トップクラスである日本医療から離れてしまうことも心配だ。さらに言葉が通じなくてコミュニケーションが取れず、孤立するのではないか──。そんな不安は誰でも抱くはずである。それでも「日本脱出」した人は行動を起こした。自らの意思で、よりよい環境を求めて一歩を踏み出したのだ。

 しかし一歩を踏み出したものの、生活を断念する人も少なくないという。希望を持って日本を脱出したが、思いもしなかったマイナス面が目についてしまうというケースがほとんどだ。交通の乱れや電気・水道などのライフラインが止まってしまうのは日常茶飯事で、台風・洪水といった被害も多い。また、英語では日本語のように思い通りに自分の意志が伝えられないことも理由の一つだという。これらの問題を解決するためには本書でいう「あきらめ」が必要なのだろう。これがしたいという軸を持って、それ以外は大目に見るということだ。例えば、若いフィリピン女性を求めて移住した男性。彼は多少のインフラの不便さよりも、日本で味わえない老後の青春を堪能したいという思いがあった。だからこそ、不便さを「あきらめ」ることができ、移住に成功したのだ。最優先で叶えたい希望をきちんと持っておくことは大事なのである。

 ページをめくりながら自分だったらどうだろうかと考えてみた。日本で暮らし、いずれ自分一人で生活ができなくなり施設へ入る。そんな生活に嫌気が差すだろうか。いや、施設に入れるだけで幸せかもしれない。下手したら誰にも知られず孤独死を迎え「布施さん、亡くなってから1カ月経っていたそうよ」と近隣住民に噂されている可能性もある。そう考えると、フィリピンで老後の青春を謳歌するのも全然ありだ。そうと決まれば、あとは一歩を踏み出すだけ。やっぱり英語が不安なので、まずはスカイプ英会話でも始めてみようか。もちろんフィリピン人の若い女性を講師に迎えて。

文=布施貴広(Office Ti+)