刺殺された夫のPCから猟奇殺人もののポルノ動画が…。内幕を知りすぎてしまった妻の結末とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

鮮やかな青と赤の表紙が印象的なハーパーBOOKSの新刊『プリティ・ガールズ』(ハーパーコリンズ・ジャパン)。タイトルから映画の『プリティ・ウーマン』のようなロマンチックな世界、あるいはブリトニー的なイケイケ女子(注:彼女の歌に同名曲がある)を想像するかもしれないが、よく見れば表紙の奥にどこか不穏な女性たちの姿。実はこの本、少女行方不明事件も絡む、かなりおぞましい猟奇サスペンスなのだ。

作者はアメリカの女性作家、カリン・スローター。サイコサスペンスを得意とする彼女は、日本ではハヤカワ・ミステリ文庫から『開かれた瞳孔』(早川書房、2002年)しか出版されておらず、まだまだ知名度は低い。だがその実力は相当なもので、すでに十数冊の世界レベルのベストセラーを生み、その作品は32言語に翻訳され累計3500万部にのぼる。エドガー賞短編賞の受賞のほか数々の賞へのノミネート実績もあり、日本であまり知られていないのが不思議なほどだ。

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そんな彼女の新作『プリティ・ガールズ』は、アトランタ郊外で何一つ不自由のない生活を送るクレア・スコットが、外出中に暴漢に襲われ、夫のポールが刺殺されるという不穏な幕開けからスタートする。葬儀から戻れば自宅に強盗が入ったと警察やFBIが現れ、動転しながらも遺品を整理すれば夫のパソコンからは複数の猟奇殺人もののポルノ動画が。心優しき愛妻家だと思っていた夫には隠された顔があったのか?混乱を極めるクレア。さらには現在進行形の16歳の美少女失踪と猟奇ポルノも関連している可能性も露見し……知りすぎてしまったクレアは、いつのまにか重大な危機に巻き込まれていく。

クレア、姉のリディア、父がジュリアに宛てた手紙の場面が、カメラをスイッチするように重なりあう展開には最初こそとまどうものの、さまざまな伏線がひとつにつながり、大きなうねりとなってからのスリリングな疾走感は格別。夫の死をめぐる不審点など次々と驚くべき事実が明らかになり、警察もFBIも信用できず、自分のみを信じて突き進むしかないクレアの姿から目が離せなくなる。日本ではありえない残忍な描写にはひたすら戦慄するしかないが、そこに描かれているのはまさにリアルな「2015年現在の闇」だ。厚みある上下巻のボリュームをものともせず、読めばページをめくる手が止まらなくなるに違いない。

一方、おぞましいスリルの連続でありながら、読後が爽やかなのもこの物語の面白さとして特筆すべきだろう。著者が本書のキーワードに「姉妹、家族、殺人、喪失、回復」をインタビューであげているように、「家族の絆の再生」が大きなテーマとして丁寧に描かれるのだ。

長姉ジュリアの失踪以来、両親は離婚(父は後に自殺)、ジャンキーとなった次姉のリディアとは絶縁状態とすっかりバラバラになってしまっていたクレアの家族。だが悪意に立ち向かうクレアを命がけで支えたのは、姉のリディアをはじめとする家族にほかならず、事件の残虐性と反比例するかのように温かい絆が力強く再生していくのだ。

思えばタイトルの『プリティ・ガールズ』は、猟奇ポルノの餌食となった多くの若い女性たちへの哀悼であり、同時に大いなる闇に勇気を持って立ち向かったクレアとリディア、そしてジュリアの3姉妹に対する作者のエールでもあるのだろう。

ちなみに本書は、本家アメリカでもまだ9月末に出版されたばかりで、「はじめて読む読者もこのねじれた物語に1ページ目から夢中になるだろう」(ライブラリー・ジャーナル)、「ディテールや真実をみつめる彼女の視点は比類がない。どこまでも彼女についていくわ」(ギリアン・フリン:『ゴーン・ガール』著者)など、数多くの激賞が寄せられている話題作だ。考えてみればそんなホットな作品を3カ月足らずで日本語で楽しめるというのもすごいことだ。これもNYの出版社の日本法人であるハーパーコリンズ・ジャパンだからこその直輸入戦略ということか。この先もこんなビッグな出会いに、大いに期待したい!

文=荒井理恵

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