【モデルは「フリッパーズ・ギター」】 未来は、いくらだって変えられる ー2016年に向けて元気が出る小説『ドルフィン・ソングを救え!』

文芸・カルチャー

2015/12/4

45歳、独身、女、フリーター。憂さ晴らしはネットを覗いて勝者を嘲笑うこと。そんな冴えないヒロインが、過去に戻ってもう一度人生をやり直す。樋口毅宏の『ドルフィン・ソングを救え!』(マガジンハウス)は誰もが一度は憧れるリ・ライフの物語だ。

「タイムスリップものをいつか書いてみたいという気持ちがずっとあって。やっぱ楽しいじゃないですか。過去に戻ってやり直す話って。最近だったらS・キングの『11/22/63』もそうだったし、映画なら『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『時をかける少女』『ペギー・スーの結婚』、あとは『ドラえもん』だって未来からやってくるわけだから。僕自身もそういう作品を観て読んで聴いて育ったわけですから、一度はやってみたかった」

執筆のきっかけは「『BRUTUS』に小説を連載してほしい」というマガジンハウスからのいう依頼だった。

「担当の編集者と相談していくうちに、スピード感があって小ネタもふんだんに入っているエンターテインメントがいいという話になったので、何書こうかって考えたら、やっぱり僕にとってマガジンハウスは『Olive』だったんですね。じゃあフリッパーズ・ギターをモデルにしたタイムスリップ小説にしよう、ってことになったんです」

2019年、自殺を図った主人公のトリコは、目覚めると1989年の渋谷にタイムスリップしていた。これって生き直しのチャンス? それとも何かの使命? バブル真っ最中の浮かれた東京になぜかポンッと放り込まれたトリコは、人生最愛のバンドだった「ドルフィン・ソング」のことをふと思い出す。物語に登場する架空のバンド「ドルフィン・ソング」のモデルはフリッパーズ・ギター。90年代の邦楽シーンに強烈なインパクトを与えた小山田圭吾と小沢健二の2人からなるバンドだ。

「バンド名はドルフィン・ソング、ボーカルは島本田恋、ギターは三沢夢二にして。でも読んでいる途中でも読者が『どっちがオザケンだっけ? ああ夢二が健二か』ってパッとすぐわかるようにしてね。ええ、臆面ないでしょ(笑)。」

「彼らは同い年で、クールでキザで、そして天才の中の天才だった」。物語の中でトリコが語るドルフィン・ソングへの熱烈な賛辞は、そのまま樋口さんのフリッパーズ・ギターへの愛だ。かといって、「あの時代」をただ懐かしむだけ話かというとそんなことはない。

「この小説の本当のところは、フリッパーズとか渋谷とか89年とか、ではないんです。これらはあくまでも記号というか舞台装置。そんな風に限定した物語にはしていない。本作には“青春のやり直し”という広義なテーマがあって。僕はかつて自著に“青春の終わりとは、好きなバンドが解散することである”と書いたことがあるんですけど、本当にそう思いません?」

ドルフィン・ソングが解散していなかったら、きっと私の人生も違っていたはず――。1989年から“生き直す”ことを決めた彼女は、ドルフィン・ソングの解散を阻止することを決意する。

ところが、目標へ向かって動き出した途端、トリコはこれまで知らなかった人生の愉しみや喜びを初めて手にしていく。情熱を持って打ち込める仕事、その業界でのし上がっていく快感、甘酸っぱい海辺のデートに、身も心もとろけそうな恋のときめき……。ラブ&ドリーム、再び。90年代の東京で、トリコは夢のような現実を駆け抜けていく。

人間はいくつになっても変わることができる。最初のきっかけはリ・ライフの魔法だが、実は彼女の中身、スペックは何も変化していない。今がどんなにダメでも、生きがいを見つけ、前を見て進んでいけば、未来と人生は変えることができる。きっと。これこそがこの小説の核にあるメッセージだ。

そして若い読者のために重要な補足を。フリッパーズ・ギターや90年代カルチャーの元ネタを知らなくても心配無用。この小説を楽しむぶんにはまったく問題はない。

「わかってなくても楽しめる、でも知識があればさらに楽しめる。そういう小説にしようというのは毎回自分に心がけています。だから、90年代をまるっきり知らない人でも、エンターテインメント小説としてちゃんと楽しく読めるように、っていうのは強く意識しましたね。『アレ知らないと楽しめないよ』とか、そういう排他主義な感じは絶対ダメだと思うんで。フリッパーズやあの時代の固有名詞をサンプリングしつつも、同時に90年代から2010年代の今の時代までの日本を俯瞰して振り返ることができる物語に仕上げたつもりです」

そう、知っていても知らなくてもどっちでも面白い。「めちゃくちゃの面白さ。私たちの80年代をこんなにもてあそんでいいのか!この天才野郎!」という林真理子による帯の叫びがその証明だ。

果たしてトリコはドルフィン・ソングの解散を阻止できるのか? 憧れの彼らとのまさかの三角関係の行方は? そして最後に血を流すのは誰だ? 怒涛の展開に身を委ねれば、ラストまで一気に読まされてしまう。

「……しかし村上春樹が青春時代を振り返って、ビートルズを使って『ノルウェイの森』を書いたその一方で、僕がフリッパーズを書いたら『ドルフィン・ソングを救え!』になった。なんか全然違う(笑)。これって何なんですかね? 品の違い?(笑)」

取材・文=阿部花恵

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