「住みたい街ランキング1位」は幻想? 吉祥寺のイメージを打ち砕くマンガ! 知らない街に住むことは、人生を切り拓くことにも似ている…!

マンガ

更新日:2016/1/8


『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』(マキヒロチ/講談社)

 毎年、「住みたい街ランキング」の上位にランクインする街・吉祥寺。駅の周辺にはキラリナやコピスなどの新しい商業施設が立ち並ぶ一方で、ハモニカ横丁のように歴史を感じさせる名所が残る。また、駅から少し歩けば、緑あふれる井の頭公園にもたどり着く。オシャレなのに都会すぎず、モノも自然もなんでも揃う街。だからこそ、みんな住みたいと憧れを抱くのだろう。でも、吉祥寺だけがいい街なのか。いや、決してそんなことはない。

 『いつかティファニーで朝食を』(新潮社)で知られるマンガ家・マキヒロチの新作『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』(講談社)は、その名の通り、上述の疑問に“NO”を突きつけるマンガだ。

 主人公となるのは、吉祥寺で不動産業を営む双子の重田姉妹。客にはタメ口で話しかけ、見た目はメタル女子、パッと見はまともな不動産屋には見えない二人組だ。彼女たちは幼い頃から吉祥寺に住み、そこで「どこへでもある街」へと変わっていく吉祥寺を見てきた。なのに、重田不動産へやって来るのは、「吉祥寺が一番住みやすい街なんだ」という幻想を抱いている女子ばかり。だからこそ、重田姉妹は提案するのだ。「吉祥寺以外にも住みやすい街はあるよ」と。

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 たとえば、第1話で登場するイラストレーターの女性には、「雑司が谷」を紹介する。イラストレーターとして働く彼女が求める条件は「都会に近くて、古本屋と自然があること」。もちろん、吉祥寺ならばこの条件を十分満たすのだけれど、重田姉妹はあえて雑司が谷という街を勧めるのだ。

 雑司が谷は、渋谷から副都心線で約15分という近さ。しかしながら、とても静かな街で、美味しい珈琲屋や洒落たバーもある。また、ケヤキ並木を通り抜けると、鬼子母神を祀った神社があり、彼女が求めているイイ感じの古本屋だってある。さらに、昭和を感じさせるレトロな商店街もあるため、食事の買い出しも便利なのだ。

 本作に出てくる街並みや店は、すべて実在するもの。だから、ページをめくるたびに新しい発見があり、その街の魅力が存分に伝わってくる。件のイラストレーターの彼女が、「雑司が谷なんて行ったことなかったけど、住んでみたい」と決断するのもわかる気がする。東京には、吉祥寺以外にも素敵な街がたくさんあるのだ。

 重田不動産に部屋探しに来る客の事情はさまざま。同棲していた彼氏と別れた、会社を辞めた、田舎から上京してきた…。そして、みんな吉祥寺に対して、過度な幻想を抱いている。重田姉妹が紹介するのは、上述の雑司が谷のほかに、五反田、錦糸町、駒沢大学といった、ちょっとニッチで、だけど本当はとても住みやすい街ばかり。そして、吉祥寺以外の街を紹介された客たちは、知らない街の意外な顔に驚き、納得し、転居を決断する。

 本作は決して吉祥寺を否定するマンガではない。ただ、「ほんの少しだけ視野を広げてみようよ」と提案しているのだ。自分の価値観や凝り固まった幻想から一歩踏み出せば、周囲の風景はキラキラと輝き出す。大人になると、誰もが無難な道を選びがちだ。しかし、重田姉妹が提案するように、ときには知らない街に住んでみること、すなわち冒険してみることも必要なのかもしれない。その先に、これまでとは違った人生が待ち受けている可能性があるのだから。

文=前田レゴ