植物状態…だけど僕には意識があった 意思疎通できない8年間、彼はどのように過ごしたのか?

暮らし

公開日:2015/12/16


『ゴースト・ボーイ』(マーティン・ピクトリウス/PHP研究所)

 心臓は動いているが、身体は動かせない、意識もない…。一般には、こうした植物状態から復帰する確率は低いとされる。だが、南アフリカの青年マーティンは、意識を取り戻した! 自身が書いた自伝『ゴースト・ボーイ』(マーティン・ピクトリウス/PHP研究所)から、植物状態から意識が戻り、周囲とコミュニケーションをとるまでの過程を紹介しよう。

 マーティン(1975年生まれ)は、12歳の時、謎の神経の病に冒される。身体が動かなくなり、意識も徐々に混濁。診察した医師たちは、原因はわからないというばかり。彼は原因不明のまま植物状態になってしまったのだ。――それから4年後、16歳の誕生日、マーティンに突然意識が戻る。彼は、周囲の人たちに知らせようとするが、声が出ない。僕はここに居る! 誰か気付いて!

 目覚めた時は、ぼんやりとした意識と、まったく動かない身体のマーティン。その後、少しずつ意識が正常になり、身体も、目を動かす・頭を傾ける・わずかに微笑むという動作ができるようになる(現在も、基本的には同じ状態だ)。この変化に対し、周囲はマーティンを、植物患者から、身体がわずかに機能する重度の知的障害者として扱うことにした。人の話もわかる、光や温度や痛み、痒みも感じられる、喜怒哀楽の感情もある。しかし、両親や介護施設の人々は、マーティンの意識が完全に回復しているとは、夢にも思っていなかったのだ。「自分は永遠に閉じ込められたままだ」、彼は絶望して心の中でつぶやく。

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 マーティンの意識回復に、誰もが気付かないまま8年が過ぎた。マーティンは25歳になっていた。ある時、彼は介護施設でマッサージを受ける。マッサージ師は、自分の語りかけにマーティンが目の動きで反応していることに気付く。彼はすべてを理解しているのかもしれない! 希望的疑いをもったこのマッサージ師の勧めで、マーティンは、大学のAAC(補助コミュニケーションセンター)に通うことになる。

 AACとは、コミュニケーション用コンピューターの開発を行っている研究機関だ。マーティンはここでの検査の結果、知的レベルには何の問題もないことが判明。彼は、視線の動きだけで人工音声で意思を伝えられるノートパソコンを使うことを提案される。使う言葉を一単語ずつ両親がパソコンに登録するという手間のかかる作業の末、ようやくマーティンは、コミュニケーション手段を手にできたのだ。

 このパソコンを手にするまでの8年間、マーティンは何を考えていたのだろうか。ほとんど動けず、誰とも意思疎通ができない状態が8年間。精神に異常をきたす可能性も十分にありうる期間だ。マーティンが、狂ってしまわないためにしたことの1つ目は、無になりきること、2つ目は目に入ってくる小さな虫に夢中になること、3つ目は、時間を数えることだ。介護施設で、自分の意思とは関係なく、機械的に食事を詰め込まれ、身体を洗われ、幼児用の教育番組を見せられている時、心を外界に向けず自分の中だけに集中していたというマーティン。彼自身の文章を一部引用しよう。

要するに、ぼくはずっと昔に「箱」に入れられたのだ。実は、誰もが箱に入れられている。(中略)箱に入れて分類するとわかりやすいけれど、箱は牢獄と同じだ。みんな枠の中でしか、その人を見なくなる。ぼくらはみんなお互いに対する固定観念を持っている。たとえ真実が、自分を見ているつもりのものとかけ離れていても。

 つまり、マーティンの「箱」は身体だったが、私たちも「固定観念」という「箱」を持っているというのだ。「固定観念」とは、自分や他人を「私はこういう人間」「あの人はこういう人間」というレッテル(例えば「ヒステリック」「扱いにくい」など)を貼ることだ。レッテルは一度貼ってしまうと、それ以外の見方をするのが難しい。他者がどのような人間なのか、自分の自己イメージは本当なのか、せめて時々は、疑わねばならないだろう。

 コミュニケーションツールを得て「ハッピーエンド」、と思いきや、ここからマーティンが両親から自立していく過程が描かれる本書。最後は最愛の人を得て結婚するところで文章は閉じられる。周囲とどうコミュニケーションをとり、自立、結婚という人生の節目にどう対応していくか? 大人になるまでに、どのように人とかかわっていくか? 障害のあるなしにかかわらず、また、人とかかわることが苦手な人にも得意な人にも、共感を覚えるシーンがちりばめられた1冊だ。

文=奥みんす