姉と弟。二人の同居でニートはなぜ「治った」のか? 【対談】精神科医・斎藤環×マンガ家・沼津マリー/後編

人間関係

更新日:2016/3/14

ニートでネトゲ廃人だった弟を実家から引き取り、更生まで導いたマンガ家・沼津マリー。その顛末をコミカルに描いたエッセイマンガ『実家からニートの弟を引きとりました。』が発売。ひきこもり診療の第一人者であり、ゲームやアニメなどオタク文化にも造詣が深い精神科医・斎藤環さんとの貴重な対談、後編です!(前編はコチラ→https://ddnavi.com/news/276322/

斎藤 環
さいとう・たまき●1961年、岩手県生まれ。筑波大学社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学。著書は『社会的ひきこもり――終わらない思春期』『「社会的うつ病」の治し方――人間関係をどう見直すか』『キャラクター精神分析――マンガ・文学・日本人』『おたく神経サナトリウム』など多数。

沼津マリー
ぬまづ・まりー●1990年、福岡県生まれ。インドでキャバクラ経営をした異色の経歴を持ち、その経験を元に2013年よりwebモアイにて『インドでキャバクラ始めました(笑)』連載。1日10万PVの反響を集める。『Hanako』では「沼津マリーの偏♡アイドル!」を連載するなど、アイドルオタクとしての一面も。

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マンガに描かれた父のセリフは説教の定番

斎藤:マリーさんのポン太郎君への対応は、ほとんど理想だと思います。親御さんの代わりに説教してしまう場合も多いんですが、マリーさんは彼を肯定して干渉も最小限。それがとても上手くいった。干渉しないというのも難しくて、放置になるとマズいんですけど。

マリー:しょっちゅう話したりはしていましたね。父は子どもを自分の思うとおりにしたいタイプなんですけど、それはポン太郎には合わないと思っていて、私はそれと逆のことをしようと。

斎藤:さすがですね! マンガの中のお父さんのセリフは説教の定番なんです。ニートやひきこもりのご家庭は、どこでもこんな感じ。でもご両親が偉いなと思うのは、ポン太郎君に対して、パソコンを壊したり回線を切断したりはしなかったところですね。

マリー:切ろうという話もしていたみたいなんですけど、生き甲斐がまったくなくなってしまうと思ったみたいで。それをやって好転するパターンってあるんですか?

斎藤:まずないですね。それどころか非常にリスクが高くて、子どもがキレて殺人事件に発展してしまうケースもあるんです。ポン太郎君を尊重したご両親は、本当に賢明だったと思います。

マリー:親はどんな対応がいいんですか?

斎藤:一番根本的な「いつ働くの?」という話題には触れずに、日常的などうでもいいお喋りをいっぱいする。ある程度信頼関係が築けると、子どももふと本音を吐き始めるんです。「実は辛い。苦しい」とか。そうなると少し深刻な話を出しても大丈夫で、診療を薦めてみてもいい。ポン太郎君は弱音を言わないと思いますが(笑)。

マリー:聞いたことないですね(笑)。

斎藤:ニートもひきこもりも全部が病気ではないので、ポン太郎君もカウンセリングの必要はないと思います。マリーさんとはいい形で信頼関係ができあがっていますよね。バイトや学校の話も、絶妙なさじ加減で振っている。

マリー:バイトは、コミケのときに私が5万円貸したのをきっかけに探し始めたんですよね。

斎藤:それがすごくよかったですね。消費を抑制しないことも大切なんです。ひきこもりの方は罪悪感があるので、消費を我慢するんですよ。人は我慢を続けると、恐ろしいことに何もいらなくなっちゃう。そうなると本当にやっかいで、もう悟りを開いたような感じ。欲は残さないといけないんですね。

褒めて転がすのが“ニート・プロデュース”

マリー:ニートの人を集めた工場とか会社?って、できないんですかね?

斎藤:あるんですよ。廃止されてしまったんですが、国の事業で「若者自立塾」というものがあった。民間でも、弁当屋やゴミ処理事業などの就労支援がある。でも、ポン太郎君がマンガの中でやっていたゲームのデバックとかが望ましいですよね。一番ぴったりくる仕事だと思うんです。

マリー:かなり楽しそうにやってましたね。

斎藤:今回、『実家からニートの~』が発売されて、彼にもまたいい影響あるんじゃないかと思います。一念発起して東大にいった方もいるんですよ。

マリー:東大に入れたらめっちゃすごいですよね!

斎藤:でもどこか自虐が残ってしまうんです。自信満々のポン太郎君はやはりレアケースで羨ましい。信頼関係を壊さなければ、マリーさん、もっといろいろ言ってしまって大丈夫だと思いますよ。「大学行ってみたら?」とか薦めてみたらどうですか。

マリー:そうですか! もっと言っちゃっていいんですね。

斎藤:もちろん専門学校でもいいんです。ポン太郎君は19歳でまだ万能感がありますが、20代後半になるとちょっとキツくなってくるので、それまでに何か積み上げたほうがいいかなと思うんです。彼は社会性もあるし、居場所一つでずいぶん変われる気がしますね。

マリー:おお! でも威圧的だから人をイラっとさせそう(笑)。

斎藤:虚勢ではないんですけど、まだちょっと自信の拠り所が希薄なのかもしれませんね。もう少しその部分が分厚くなって自信がつけば、謙虚になれると思います。だからそこは、マリーさんが褒めながらいろいろ言ってあげるといいかもしれませんね。「頭いいんだから勉強頑張りなよ」とか。

マリー:なるほど! 褒めて転がす。プロデュースですね。初めて専門家の方とお話しできてとてもよかったです。すごく参考になりました!

 

【著作紹介】

実家からニートの弟を引きとりました。

沼津マリー KADOKAWA 1000円(税別)

ニートでネトゲ廃人の弟を実家から引きとり、養うことになった沼津マリー。狭いワンルームで二人暮らし。ゲーム三昧の彼を全肯定して見守るが、米問題でケンカしたり5万円貸してと言われたり……。弟が更生(?)するまでのドタバタとちょっぴりの感動を描いたコミックエッセイ! 姉弟&母の貴重な座談会も収録!

おたく神経サナトリウム

斎藤 環 二見書房 1700円(税別)

『月刊ゲームラボ』で14年間続いた人気連載が待望の書籍化! ジブリ作品について、秋葉原通り魔事件のこと、追悼・今敏監督、「3・11」後のオタク文化、『まどか☆マギカ』の衝撃、『あまちゃん』でクドカンが描いてくれたもの……。2001年から14年間のおたく文化を見通せる、極めて明瞭な「ゼロ年代おたくクロニクル」!

取材・文=松井美緒
写真=山口宏之