“道徳”の偽善を北野武が一刀両断 ―今の時代は友だちゼロでも幸せになれるのに

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『新しい道徳』(北野武/幻冬舎)

「今の若い者はなってない」は事実じゃない。子どもたちの道徳観が乱れて、世の中が悪くなっているというのも年寄りの錯覚。なぜなら、若者が引き起こす犯罪は、殺人、強盗、窃盗、性犯罪に至るまで、ピークはだいたい60年代でそれ以降は減り続けているから。古今東西で年配の言うことは変わらないのか、古代エジプトの遺跡に「最近の若者はなっとらん」と書かれていたという話もあったとか。

「あくまでオレの考え」と前置きしながらも、データや歴史もひもときつつ、あの北野武氏が漫談でもするように古くからの“道徳”を「年寄りの戯れ言」とばかりに一刀両断。同氏の新刊『新しい道徳』(幻冬舎)が、痛快ながら「深すぎる」「説得力ありすぎる」とSNSでも話題になっている。

いいことをすると気持ちがいい? テレビショッピングかよ!

北野氏が同書を世に送り出すきっかけになったのは、道徳の教科化。小中学校では2018年度から道徳が特別授業として本格的に導入されるようになる。いじめの問題や国際化などに対応するためなのだそう。

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好ましい変革にも思えるが、今の道徳の教科書にはツッコミどころが満載だと北野氏は警笛を鳴らす。例えば、お年寄りに席を譲るのは「気持ちがいいから」と描かれていること。一見さもありなんとスルーしそうになるが、そうした筋書きがはらんでいる危険を深く鮮やかに浮き彫りにしていく。

同書のサブタイトルは、ずばり『「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』。そもそも、そうしたアプローチに疑問を投げかけているのだ。いいことをするのは、気持ちがいいという対価を受け取るためにするのか。そんなのおかしいだろうと。

決して「いいことをすると気持ちがいい」ということを否定しているわけではない。ただ、お年寄りに席を譲るといったことはマナーであり、ルール。しかし、それはどうしてなのか。そこを自分で発見してはじめて意味があると説いているのだ。確かに、いわゆる“気づき”を教えてしまったら、ただのネタバレ。同氏いわく、「クスリの効能書かよ。薄っぺらいにも程がある。インチキ臭い洗脳だ」と斬り捨てる。

こうして実際の道徳の教科書に次々とツッコミを入れていく北野氏。面白く、説得力があるのは、ここからさらに畳みかけるようにダメ出しが語られていくところ。「いいことをすると気持ちいいから」で納得するような子どもの未来を案じて(?)続ける。

洗脳される子どももいるかもしれないけれど、そういう奴はどうせロクな大人にはならない。妙に素直な分、気の毒ですらある。どこかの新興宗教に洗脳されて、わけのわからない仏像とか壺だとかを売り歩くようになるんじゃないか。

ダメ出しは、豊かな経験に裏打ちされた想像力と痛快な語り口で、面白くもハッとさせられる。他にも、老人がすべて善人とは限らないし、手厚くケアされすぎて寝たきりになった老人の話など、世の現実をたとえ話も交えながら、つきつけていくのだ。

友だちのいない大人が作ったのが道徳の教科書なんじゃないか

いじめを減らしたいからなのだろう。教材は友情のオンパレードである。「友だちがいると楽しい」「友だちに助けられた」「友だちがいるとこんないいことがある」などなど。こうした友だちの“効能”が書かれていることにも、同氏は浅はかすぎるとぶった切る。

まず、それが打算だろう。ほんとうに友だちがいる奴が書いたのか。友だちを助けるのは、いつか自分が助けてもらうためではない。
(中略)
友だちがいてよかったなっていうのはあとから思う話であって、友だちなんてものは何かの目的のために作るものではない。
(中略)
そういう教育をしているから、友だちを作ることが強迫観念になって、なんとか仲間はずれにならないように涙ぐましい努力をする子どもが出てくる。

無理して友だちなんて作らなくても、今の時代は十分幸せに生きていけるということを教えるべきなのだと。打算的で押しつけがましい「すべき論」ではなく、心のまま伸び伸びと育つことは子どもにとって何よりも大切だ。だから、同氏は言う。

子どもの心の成長に関しては、発達心理学だの児童心理学だの、いろんな科学的な研究成果が出ているはずだ。どうしても子どもに道徳を教えたいなら、そういうものをもっと研究して、それから新しい道徳を作った方がいいんじゃないか。

豊富な知識に多彩なアイデアを交え、これでもかと皮肉りながらも、語りかけるような文体は柔らかく、面白くて読みやすいこと、この上ない。それでいて道徳という“ルール”が何なのか改めて深く考えさせられる。文科省など教育を先導する関係者はもちろんのこと、頭でっかちになっている教職関係者、それに“素直”に育った大人たちにぜひとも読んでもらいたい一冊である。

文=松山ようこ