誰かの人権を守ることが、自分の人権を守ることにもつながる【香山リカインタビュー】

社会

公開日:2015/12/24


『ヒューマンライツ 人権をめぐる旅へ』(香山リカ/ころから)

 2015年12月、精神科医の香山リカさんは3冊の本を出版した。なんとハイペースな!

 プチからガチへ。愛国「ごっこ」がもはやごっこではなくなった、日本礼賛に酔う2015年の愛国者たちを描いた『がちナショナリズム』(筑摩書房)、「反知性主義でも知性主義でもない“半知性主義”であることが、民主主義を活性化させる手段になるのでは?」と訴える『半知性主義でいこう』(朝日新聞出版)、そしてアイヌやヘイトスピーチなどの問題に取り組む、7名の“心優しい闘士たち”との出会いを描いた『ヒューマンライツ』(ころから)と、それぞれ違った切り口になっている。しかしいずれの本にも共通するのは、「人権を守ることの大切さ」だ。

 なかでも『ヒューマンライツ』は、帯に「人権をめぐる旅へ」とあるとおり、アイヌ民族否定論や難民問題、水俣病、いじめ、ヘイトスピーチなどに対して、体を張りながら活動を続ける人たちとの対話がメインになっている。

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 この本が生まれたきっかけは、香山さんが2015年1月から2月にかけてマガジンハウスの雑誌『クロワッサン』で、部落解放運動家の小林健治さんやアイヌ史を研究するマーク・ウィンチェスターさん、関東大震災後の朝鮮人虐殺についての著書を持つ加藤直樹さんと対談したことだった。雑誌だけで終わるのはもったいないほどの濃い対談となったと思っていたところ、「ころから」の代表と出会い、出版がかなった。

 旅先で出会った7名とは、以前から深い付き合いがあったわけではない。水俣病の患者支援に取り組む永野三智さんとは今回が初対面、ともに『アイヌ民族否定論に抗する』(河出書房新社)の執筆にあたったマーク・ウィンチェスターさんとも、「1年ぐらい前にツイッターで知り合った」と語った。

香山リカさん

 「2014年8月に金子快之元札幌市議が、“アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人が良いところですが、利権を行使しまくっているこの不合理”と発言しましたよね。私はそれまでアイヌへの理解が深かったわけではありませんが、北海道出身なので聞き捨てならないと思いました。でも当然、彼に批判が集まるだろうと思っていたら、ツイッター上には『よく言ってくれた』『支持してます』みたいな擁護の声がいくつもあって、ビックリしてしまって。それまで私は、北海道って差別がないと思っていたんです。しかし気づいたら北海道でも、在特会と関係が深い団体がすでに活動していて、それに対するカウンターも行われていました。でもまだ、“何が起きているのだろう?”ぐらいの感覚しか持てなくて。そうこうしているうちに、アイヌであることを明言しているツイッターアカウントに、『お前らも利権をむさぼっているのか』とか『なりすましが』といった、酷い言葉で絡む人まで現れて。もう黙っていることができなくなり、そこに割って入るようになったんです。それがきっかけでツイッター上でアイヌ否定論と闘っているマークや、北海道で反差別に取り組む〈C.R.A.C. NORTH〉メンバーの青木陽子さんと知り合いました」

 香山さん自身も「反日クサレ左翼認定」されたり、安倍首相からじきじきに「論外!」扱いされたりと、ネット上で根拠レスなバッシングを受けてきた。そんな状況なのに、それでもはっきりと人権をテーマにしたのは、「ぼんやり伝えてきたことで、ヘイトスピーチが横行したのではないかという危機感を持っている」からだ。

 「私は精神科医なので、人権をテーマにした講演会を自治体から依頼されることもあるのですが、そういう場所では“あまりハッキリ言いすぎると、聴いている人がひいてしまう。だからやんわりとした表現をお願いします”と言われることが多いんです。そう言われるとどうしても、“人権を大切にすることは、自分を大切にすることでもあるんですよ”みたいな、隔靴掻痒(かっかそうよう)な表現しか使えなくなってしまって(苦笑)。もちろんやんわり伝えることも大事だとは思いますが、人権の大事さをぼんやり表現してきた結果、ヘイトスピーチの横行があるのかもしれない。だからこれはもう、ハッキリ言わないとと思ったんです。1人1人の人権が尊重されない果てに戦争が起こるのだとしたら、基本的人権をきちんと問うていかなくては。私はメディアで長く言論活動をしてきたので、以前から『おばさんのくせに』とか、『医者がテレビに出ていいのか』とか言われることはありました。しかし『がちナショナリズム』の大元になっている『ぷちナショナリズム症候群』(中央公論新社)という本を出版した2002年以降からは、『死ね』とか『消えろ』とか言われることまで起きてしまって。今までとは次元が違う何かが起きているなという気持ちが、自分の中に湧きあがってきていたんです」

 マーク・ウィンチェスターさんはイギリス人で、永野三智さんは水俣病が公式認定されて20年以上経った、1983年に生まれている。世界の人権問題に取り組む国際NGO日本代表の土井香苗さんは弁護士で、青木陽子さんも加藤直樹さんも、いじめとレイシズムに向き合う渡辺雅之さんも日本人で、ヘイトスピーチを浴びる立場ではない。マイノリティ属性を持つ当事者は小林健治さんのみだが、この7名と出会ったことで香山さんは、日本や世界の中で今、何が起きているかについて深く知ることができた。そして「自分が感じていたことにはこんな理由があった」と気づき、人権がいかに重要かについて、改めて知ることができたそうだ。

 「全員と“人権って大事だよね”という気持ちが共有できたので、私は対話をしていて、本当に癒される思いでした(笑)。安全保障関連法も成立してしまったし、ヘイトスピーチは一向に止む気配がないし、リベラルな気持ちを持っている人たちのなかには、自分の意見に自信が持てなくなっている人もいると思うんです。そういう方に手に取っていただいて、“私の思っている人権意識は真っ当なもので、私は間違っていないんだ”と感じていただければ嬉しいですね。安保法案賛成派や、いわゆる〈ネトウヨ〉の人たちにもぜひ読んでもらいたいけど、それは難しいかな……(苦笑)。ネットで誰かを日夜攻撃している〈ネトウヨ〉と呼ばれる人たちは、攻撃対象に自身の不満や傷を投影しているのだと思います。だから攻撃対象が消えて溜飲が下がったとしても、それは一時的なもので根本的な解決にはならない。万が一私が消えたとしても、祭りは一瞬で終わると思います(苦笑)。だったら他人を攻撃することよりも、自分の人権を回復して、置かれた状況を改善するべきです。それが自身への救済になりますから。そのためにはまず、誰かの人権を守ること。それが自分の人権を守ることにもつながりますから。誰かを大事にすることが、自分を大事にすることにもなると気づいてもらえたらと思います」

取材・文=朴順梨