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埼玉ディス漫画『翔んで埼玉』について埼玉県民が魔夜峰央先生に聞いてみた<前編>

埼玉県民って鷹揚で、しかもなんとなく自虐的なところが面白いなと思ったんです

翔んで埼玉』(魔夜峰央/宝島社)

 徹底的に埼玉をディスりまくり、「全埼玉が泣いた!」と言われる(?)話題の漫画『翔んで埼玉』。ネットでじわじわと話題になっていたところ、テレビで取り上げられたことで一気に拡散、『パタリロ!』を知らない世代まで巻き込んで大騒動になっている。そしてついに絶版となっていた同作が復刊されることになった。それにしてもなぜこんな世にも恐ろしい抱腹絶倒の作品が生まれたのか? 作者である魔夜峰央先生に、埼玉県民が直撃インタビュー!


漫画家 魔夜峰央
1953年新潟県出身。73年『見知らぬ訪問者』でデビュー。78年『パタリロ!』の連載を開始、ギャグ、ミステリー、サスペンス、SF、ホラー、アクション、スパイ、BL、時代劇などありとあらゆるネタが展開される作風で絶大な人気を集め、82年にテレビアニメ化、83年に映画化された。『パタリロ!』は現在も『別冊花とゆめ』『MELODY』(白泉社)にて連載中で、少女漫画界最多巻数の記録を更新している(2015年12月現在最新刊は95巻)。また魔夜先生は自身の漫画にも頻繁に登場、ミーちゃん(永遠の28歳)と自称しているのはファンの間で有名。

「なぜ今?」と不思議でしょうがない

今日は埼玉から横浜まではるばるやってまいりました!

魔夜 実はさっき取材に来ていたのも埼玉新聞の方だったんですよ(笑)。

そうなんですか! 埼玉、食らいついてますね(笑)。さて先生、各所で話題となっている『翔んで埼玉』ですが、1982年の『花とゆめ 1982 冬の別冊』から、翌年の『花とゆめ 1983 夏の別冊』まで3話が描かれ、86年に出た短編集『やおい君の日常的でない生活』に収録された知る人ぞ知るカルト的作品でした。今になってどうしてこんなことになっているのでしょうか?

魔夜 マツコ・デラックスさんがやってる『月曜から夜ふかし』という番組で『翔んで埼玉』を取り上げたいっていうんで、インタビューされたんですよ。それが放映になってから数日後の『直撃LIVE グッディ』でまた取り上げられて、「何? 何が起きてんの?」みたいな(笑)。それまでは話を聞きたいとか、話題になることもなかったですから。

肥料と豚小屋のニオイが漂う埼玉県民のことを話題にするなんてもってのほか! こうした埼玉をディスる珠玉のセリフが満載の本書、埼玉県民指数が高ければ高いほど禁断の背徳感を味わうことだろう…

実はネット上では夏頃から話題になって、じわじわと盛り上がっていたそうなんです。でも先生としては寝耳に水だったと?

魔夜 ですね。よく娘がツイッターなんかで私の漫画を宣伝してくれてるんで、そういう反響があるよとかいうのは聞いてましたけど、実感はないんです。なぜ今?ですよ。不思議ですね。しかも『翔んで埼玉』は初版20万部ですって! メッチャクチャですよ(笑)。漫画で20万部って、まぁないですよね。『パタリロ!』が一番売れてる頃でも初版10万だったんですから。まあでも嬉しい交通事故みたいな感じですね。ぜひ『火花』を超えるような部数を目指したいです(笑)。

しかしなぜこれほど皆さんのハートを鷲掴みにしたんでしょう?

魔夜 私に聞かれても(笑)。でも描いた当時は別になんも反響なかったんですよ。単行本になっても何もなく、スルーされてました。だから今になって反響があるっていうのは、時代が変わったのかなって思いますね。ちょっとディスる感じが受け入れられる世の中になってきたのかなって。そういう何か新しい土壌みたいなものが出来てきてるのかも。でも私としては別に埼玉をそんなに悪く…まあ悪いか(笑)、そんなディスるつもりはなかったんですけど、これを埼玉の人がわりと喜んでいる、受け入れてくださるんです。

通行手形がないと東京へ入れない埼玉県民。運良く入れても勝手な行動は厳禁。高級百貨店なんぞに入店すると「埼玉狩り」され、百叩き&埼玉へ強制送還という厳し~い措置が!(しかもその場所は消毒される)

さっき宝島社の方に「埼玉の書店からの注文がすごい」という話も伺いました(笑)。でもそういう自虐的なところがあるんですよ、埼玉県民って。ときどき「千葉にだけは負けたくないでしょう?」なんて言われるんですけど、別に張り合うつもりもなく…という感じで。どうぞどうぞ、どうせ埼玉ですから、みたいな。

魔夜 そうなんですよ。私、4年間だけ埼玉の所沢に住んでいて、その時に特に何があったわけじゃないんですけども、埼玉県民って絶対に東京に憧れてるよねっていうのが感じられたんですよ。さっきの埼玉新聞の記者の方も埼玉に住んでるそうなんですけど、僕が「でも東京の赤坂に住んでみたいでしょ?」って聞いたら「はい」って言ってました(笑)。

ねじれた埼玉への愛がありつつも素直になれず、山や川が境目じゃない地続きの東京への憧れが隠せないんですよ。

魔夜 ものすごく埼玉県民って鷹揚で、しかもなんとなく自虐的なところがあるよね。

小型春日部蚊が媒介する埼玉特有の熱病「サイタマラリヤ」。強い伝染性を持っており、高熱、発疹、下痢、嘔吐などに襲われ、処置が遅れると死に至る。治療には血清が用いられる。熱帯地域なのか、埼玉…

実は埼玉よりも◯◯県の方がディスられている?

本書の「あとがきに代えての作者の身勝手な作品紹介」に、先生が地元の新潟から引っ越しされる際、連載していた『花とゆめ』の当時の編集長と編集部長による「埼玉トラップ」にハマって戦々恐々していたことから本作を描いた、というきっかけについて語っていらっしゃいますが?

魔夜 なぜああいうものを描くに至ったのか、それを質問されると困るんですけど…作者に聞いてくれ、って言いたいよ(※もちろん先生のジョークです)。埼玉県民が自虐的だな、というのはなんとなく所沢に住んでる時に肌で感じてたので、それをネタにしたら面白んじゃないかな、っていうぐらいの軽~い気持ちで描いたんだと思いますけども。マツコさんの番組でも埼玉問題をものすごく扱ってて、その中でこの作品もフィーチャーされたんですが、埼玉っていくらでも扱うネタがあるんでしょうね。

ちなみに『翔んで埼玉』では、埼玉以上に茨城県をディスってますが……

魔夜 当時まだ独身だったんですけど、茨城出身の奥さんと付き合ってたんですよ。だからなんとなく身内感覚で、茨城のこと多少悪く描いても平気かな~と思って描いたら…平気じゃなかった(笑)。奥さん、後から親戚にエラいクレームつけられたって。その辺が埼玉と茨城の県民性の違いなんでしょうね。

埼玉から常磐線というローカル線で無人の荒野を三日三晩走った先にある茨城。土地が荒れていて納豆しか産出せず、食事は一日一回納豆と水だけという極貧のため、埼玉へ出稼ぎに来ている最下層民なのだ!

復刊した本書のために新たに描き下ろした漫画『埼玉県についての風土的考察』にその話が詳しく載ってますね。埼玉県民としては、先生の愛を感じました(笑)。その茨城は「納豆」が象徴的に描かれてますが、埼玉にはコレという「芯」がなくって、そのわりには変な多様性があり、エリアごとに文化が違うんです。県外の人に「草加煎餅は知ってる」「深谷ネギは?」「秩父セメント!」「熊谷暑いじゃん」「岩槻は人形の町でしょ?」なんて言われると「ウチの地域にはない!」みたいな話になりまして(笑)。

魔夜 埼玉、広いからね。なんでもあるようで、ないっちゃない、っていう感じですかね(笑)。

4年ほどの所沢生活でしたが、思い出はありますか?

魔夜 新潟から所沢へ引っ越してきて、とにかく空が青いっていうのでびっくりしたんです。新潟は一年中曇ってますから。特に冬場なんかはチラッと太陽が見えるだけで「今日は晴れてるね」って言うくらいでしたからね。でも所沢へ行ったらなーんにもない、真っ青な空に一面のネギ畑! 上は青、下は緑っていう景色にはびっくりしました。それで早起きしてゴミ出し行ったりするとね、「すいませ~ん」って畑からネギを失敬して。それで味噌汁作ると旨かったなぁ。

…もう30年以上前の話ですので、所沢のネギ農家の方、ミーちゃんを許してあげてください(笑)。ところで先生、この『翔んで埼玉』というタイトルはどこからつけられたんですか?

魔夜 さっきの取材でも「『飛んでイスタンブール』から来たんですか?」って聞かれたんだけど、「そうかもしれないですね」っていうくらいで、全然考えてないです(笑)。決して深い理由はないですね。でも『パタリロ!』なんかもそうですよ。全然深い理由なしでずーっと描いてますから。単に思いついたものをパーパー描いてるだけで。

そんな! あの名作を!(笑)

魔夜 私ね、ストーリーに困ったことないんですよ。本当に思いつきで描いてるもんですから、アイデアに困ったことって一度もないですし、締切に遅れたことも一度もないんです。それこそ病気になって、間に合わないかなという時には「すいません、30ページのところ20ページにしてください」くらいのことはありますけども。

ええっ! 40年以上休みなし、休載もなしなんですか!

魔夜 『パタリロ!』は一度だけ休んだことがあるんですよ。それは当時の担当編集が「休め」って言ったから休んだの。その編集者が変わった人でね。会社が引っ越して新しいビルになったときに、非常ベルを押すと消防署に連絡が行くようになったから押すなよ、って言われてたのに押しちゃう人なんです。「なんで?」って聞いたら「押したかったから」って(笑)。あと、某ガラスの仮面の作者のところへ原稿を取りに行った時、待ってる間ヒマで、近くにいた飼い猫のヒゲ全部切って帰ってきたって話もありましたよ。某M先生が締切終わったら猫がどうもおかしい、よく見たらヒゲがなかった、という(笑)。

それはすごい……

魔夜 そうそう。だからその編集者に言われた時だけです、休んだのは。その方が私の担当を10年やってたんですけど、10年間なんもせずだったんです。「原稿できましたか?」「はい」「じゃあ取りに行きます」ってそれだけのやり取り。でも逆にその時にほっとかれたんで、「あ、自分のやってることは正しいんだな」って思って、調子に乗って『パタリロ!』描いてたんですね。それが今まで続いてるんで、逆の意味では恩人ですね。

『パタリロ!』がこれだけ長く続いている理由はそこにあったのですね!

魔夜 あとは出来にこだわらないからですよ(笑)。間に合えばいいや、くらいのレベルなんです。

それであの面白さと画力…やはり天才です!

魔夜 もともと何もないから、いろんなものを適当に描いてこれらたんじゃないかな。下手にこだわりのある人って、続かないんじゃないかなと思いますよ。楽しいものは何でもありですから、私。

先生はなぜ漫画を描き始めたんですか?

魔夜 私はとにかく絵を描くのが好きで、漫画って絵を描いていられる、ってところからです。だけど投稿すると絵は褒められてほとんど100点なんだけど、ストーリーが5、6点くらいで。

5、6点! じゃあそれでストーリーを考えるように?

魔夜 いやいや、プロになってからです。デビューして妖怪漫画をずっと描いてて、1、2年たってから「ストーリー入れないとダメなのかな」って考え始めたんです。考え始めたらできるようになりましたね。

それからは悩んだことがない、と。

魔夜 ええ、不思議なもんで。それで人を泣かせようと思ったら泣かせることもできる、と思って描いたのが『パタリロ!』の『FLY ME TO THE MOON』です(※治癒能力のある青年ロビーを使ってボロ儲けしようとするパタリロが、初めて心の底から泣いた作品。白泉社文庫8巻所収、花とゆめコミックス10巻所収)。アンケート取ると1番に来るくらいの泣かせる話なんですけど、これは明らかに「読者を泣かせてやろう」と狙って描きましたね。その前に描いた『忠誠の木』というのも泣かせる話なんですけど、それで自信つけて『FLY ME TO THE MOON』へ持ってったんです。人を泣かせるって難しいんですが、あのときは一晩中ストーリーを考えて、作っては消して作っては消して、100個か200個くらいストーリー考えましたよ。その中でふっと思いついて、自分自身でウルッとしたのが『FLY ME TO THE MOON』なんです。上手い人はもっと器用に話を作るんでしょうけどね、私の場合、人を感動させるっていうことに特化すると、そういう作り方しかできないんです。

あれは哀しい作品でしたね…。実はその『パタリロ!』では千葉のこともディスってますが(笑)、埼玉や茨城のことも含め、先生としてはネタとして面白いから取り上げているだけで、他意はまったくないんですよね?

魔夜 他意もイワシも何もないです!(笑)

後編>に続きます

取材・文=成田全(ナリタタモツ)

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