まずは映画を見てから読め! 映画監督・市川崑を徹底的に論じる一冊

映画

公開日:2016/1/4


『市川崑と「犬神家の一族」』(春日太一/新潮社)

 『ビルマの竪琴』『黒い十人の女』『鍵』『東京オリンピック』『細雪』『竹取物語』『木枯し紋次郎』など、文芸からSF、ミステリー、サスペンス、コメディ、ドキュメンタリー、戦争、時代劇と幅広いジャンルの映画やテレビドラマを手がけ、2015年11月20日に生誕百年を迎えた市川崑監督(1915~2008)。「映像の魔術師」と呼ばれ、クールでスタイリッシュと評された独自の映像美はどうやって生み出されたのか、その謎に迫る『市川崑と「犬神家の一族」』(春日太一/新潮社)という本が出版された。

 本書は全三章で構成されており、第一章「市川崑の監督人生」では監督の経歴や作品を紹介しながら、独自の演出方法や美意識を解き明かしていく。その作品づくりには女性ばかりの家庭で育ったことやアニメーター出身であることが影響している。「情」と名のつくものを全部解体して完璧に構図を計算、撮影前に絵コンテを作って自分のイメージに役者を合わせるという市川監督。「キャスティングが終ったとき、演出は七十パーセント終っている」と自著にも記しているそうだ。また巨匠といわれるが意外にも頼まれ仕事が多かったこと、そして市川監督の晩年の迷走についても触れており、近年の日本映画界の悪い意味での象徴であったと指摘されている。

 続く第二章「なぜ『犬神家の一族』は面白いのか」では、1976年公開の映画『犬神家の一族』の見どころを徹底的に解剖。「市川崑の美学と技術の双方が凝縮された、集大成的な作品」という本作の重要なポイントを解き明かしていく。さらにその集大成を発展させた金田一シリーズ第2作『悪魔の手毬唄』などについても言及、映画の内容や犯人についてのネタバレがあるので、ここは角川映画の名コピー「読んでから見るか、見てから読むか?」と悩まず、最低でも『犬神家の一族』だけは見てから読んでもらいたい(できたら他の金田一シリーズ全部と『細雪』も)。見てから読めば、どちらも楽しめることを保証する。

advertisement

 最後の第三章では「市川崑版金田一シリーズ」で探偵・金田一耕助を演じた俳優の石坂浩二のインタビューが行われる。ここでは著者も知らない市川作品に関することが明かされ、「あのシーンはそうやって撮影したのか!」とファンも驚く撮影秘話が満載だ。

 私が初めて『犬神家の一族』を見たのは14インチの小さなブラウン管テレビだった。それにもかかわらず『新世紀エヴァンゲリオン』にも影響を与えた折れ曲がる独特なタイポグラフィ、強烈な色と構図、突然差し込まれるざわめく自然の映像、絶妙な緩急、重なり合うセリフとカットといった独自の市川崑ワールドにすっかりやられてしまった。それ以来何度も見返し、セリフも諳(そら)んじてしまうほど好きな作品なのだが、今回本書を読んで改めて見直したところ、往年の名優たちの恐ろしいほどのプロフェッショナリズムと動作ひとつも疎かにしない凄まじいまでの集中力・演技力に脱帽、そしてそこには市川監督による微に入り細をうがつ演出があったことを知って驚嘆した。逆に、市川監督の遺作となった2006年公開のリメイク版『犬神家の一族』に関するエピソードには複雑な思いを抱いてしまったが…。

 市川監督は父を早くに亡くして母と姉三人に囲まれて育ち、妻で脚本家の和田夏十と出会って監督として充実するが、彼女の死とともに精彩を欠くようになり、映画『細雪』で起用した“監督クラッシャー”吉永小百合に魅入られて迷走してしまったと本書にあった。良くも悪くも、生涯を通じて女性に命運を握られていたことがとても印象的だった。

 ちなみに本書は、第一章で物語に登場する人物紹介と背景が説明され、第二章で『犬神家の一族』という事件が起こり、最後の第三章で名探偵・石坂浩二による事件解決という「ミステリーの構造」があり、一気に読ませる。ファンはもちろんのこと、未見の人もこれを機に市川監督の創り出した映像美の世界を見てみたくなる一冊だ。

文=成田全(ナリタタモツ)