イケメンと幽霊がお出迎え!? 不思議な定食屋が織りなす、小さな奇跡の物語『最後の晩ごはん』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

イケメンが働く定食屋でお客さんの悩みを解決していくほっこりお食事小説……と思いきや、店の隅にぽつねんと座る青年幽霊、公園で奇妙な声に導かれて拾った眼鏡は英国紳士姿の付喪神、「え? え? これってどんな話なの?」と思ったときにはもう虜。あったかいごはんと幽霊たちが傷ついた心を癒やしてくれる「最後の晩ごはん」シリーズ(椹野道流/角川文庫)。気づけばのめりこんで全巻一気読みしていたのでありました。

主人公の五十嵐海里(芸名五十嵐カイリ)は、元イケメン俳優。マンガ原作のミュージカルで脚光を浴び、朝の情報番組では決め台詞とともに料理をつくり、芸能活動もこれからというときにうっかりスキャンダルの濡れ衣をきせられ、理不尽な弾劾を受けて芸能界から追放されてしまいます。神戸の実家に戻れば恥知らずとばかりに兄から家を追い出され、行く当てをなくし自暴自棄になっていたところを拾ってくれたのが定食屋「ばんめし屋」の店主・夏神。日暮れから始発まで開店するその店は、ごはんがおいしいだけでなく、なんと幽霊さえも訪れる不思議なお店。幽霊だけでなく、お客さんにくっついた“不思議なもの”も見えるようになってしまった海里は、彼らのためのとっておき晩ごはんを、夏神とともにつくっていくのです。

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おいしかった。まずかった。嬉しかった。悲しかった。思い出の種類はさまざまでしょうが、誰にでもひとつは記憶に残るごはんの風景があるものじゃないでしょうか。冷やし中華が食べられない小説家の、悲しくて優しい思い出。確執の消えない兄弟の心をつなぎあわせたホットケーキ。悔恨を抱え続ける刑事が、どうしてももう一度食べたかったハンバーグ。それぞれの人生と想いに寄り添いつくられるごはんたちは、行間から匂いたち、食べていないはずの私たちの心もほっこりあたためてくれます。巻末にレシピが掲載されているのも嬉しいところ。

お客さんたちの傷を通して自分の傷とも向き合う海里の成長も読みどころの一つですが、最新5巻ではついに夏神の過去が明かされます。見ず知らずの若者を拾って住み込みの弟子にするなんて、お兄ちゃんだな~と思ってはいましたが、その理由もあきらかに。過去を切り捨て、何もかも忘れた別人となって生きることより、傷を抱えて、すべてを受け止めたまま前に進んでいくことのほうが、よほどしんどくて険しい道のりなのだなと、これまで以上に痛感させられました。でもだからこそ、その人生は尊いものになるのだな、と。

『最後の晩ごはん』というタイトルに、著者が込めた本当の意味はわかりません。でも、「地球最後の日には何を食べたい?」というお決まりの質問があるように、人生最後のその日には悔いのないごはんが食べたい。とっておきのごはんを食べられるよう、自分に誇れる自分でありたい。そんなふうに毎日の晩ごはんを「最後」と思って食べていけたら、それはとても幸福なことだなぁと思える、そんな小説でした。6巻ではどんなごはんを食べさせてくれるのか、とてもとても楽しみです。

文=立花もも

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