当事者の女性たちが語る「不妊治療をあきらめどき」とは

出産・子育て

公開日:2016/1/12


『不妊治療のやめどき』(松本亜樹子/WAVE出版)

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 40代有名人の妊娠・出産トピックが連日のようにメディアを賑わせているが、もはや一般人でもアラフォーでの出産は、めずらしいことではなくなった。なかには自然妊娠がかなわず、不妊治療を経て子どもを授かった人もいる。しかし不妊治療から出産まで無事にたどり着くケースは、実はそう多くない。日本産科婦人科学会が発表している2013年のART(生殖補助医療。要するに不妊治療)の妊娠数における、40歳女性の流産率は33.7%。赤ちゃんを出産した率は8.1%と、現実はシビアだ。

 同年代で妊娠・出産している女性がいるなら「私だってもう少し頑張れば」と思ってしまうのは、当たり前のことかもしれない。だが不妊治療にはお金も、そして手間もかかる。「もう少し」「あと1回」と思っているうちに時間が過ぎるなかで、葛藤を抱えている人もいるのではないだろうか。

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 『不妊治療のやめどき』(松本亜樹子/WAVE出版)は、そんな「やめどきを見失って、苦しんでいる人たち」が、「自分なりのベストな選択をして、ラクになってほしい」との思いから生まれた1冊だ。著者で妊活コーチの松本亜樹子さんも、不妊治療を経験している。「子どもは女の子が2人で男の子が1人。(自分の)母のようなお母さんになり、いつかおばあちゃんになる……」と想像していたものの、子どもを授かることはなかった。しかし「子どもがいない夫婦2人の生活」を考えるのが怖くて、病院通いをやめられなかったそうだ。

「私も小さいころから、『将来は3人子どもを持つ』と普通に考えていました。でも不妊治療をしても授からず、『この先に何があるんだろう?』と、日々不安に駆られていました。周りで妊娠・出産をする人を見ていると『私だけが置いてけぼりにされている』とゆううつになったし、それでも病院通いをやめることも、妊娠することもできない自分をどんどん嫌いになりました。今思うと、“妊娠しなきゃ病”にかかっていたんでしょうね」

 松本さんは自身の経験を活かして、不妊体験者を支援するNPO法人「Fine」の立ち上げに参加した。そこで出会った人や、かねてからの友人など16名による「私の不妊治療のやめどきとその後」も、同書には掲載されている。不妊治療をやめた彼女たちの、思いはそれぞれだ。

「16名の中には子どもを持たないことを乗り越えている人もいるし、越えつつある人もいます。苦しみの真っただ中にいる人はいませんが、胸に抱える不妊への思いから、完全に解放された人もいません。おそらくこの先も、なんらかの葛藤を持ち続けるだろうと思います。私も含めて彼女たちに共通しているのは、『とくに大病もせず健康だし、身体に自信があるから、少なくとも不妊治療をすればすぐ妊娠できる』と思っていたことです。そして病院に行って、『不妊治療を経て妊娠するのは20%だ』と言われた時に、自分はその20%に入ると信じてやまなかったこと。だからある月はうまくいかなくても、『次は妊娠するのでは?』と思い、治療をやめられなくなっていました。それこそ医師から『もう無理です』と言われればやめられるかもしれないけれど、医師の多くは少しでも可能性があれば『無理』とは言わないし、そんなことを言えばそれこそ、患者さんからクレームが来るかもしれませんよね? だから医師に『やめどき』を決めてもらうのは難しい。そもそも『無理』と言われても、あきらめきれずに転院を繰り返す人も多いのです。『次こそは』と思っているうちに、時間とお金がどんどんなくなっていく。そう考えると本当に不妊治療ってある意味、賭けのようなものだという気がします」

 不妊はアラフォーに限った話ではなく、20代から治療を始める女性もいる。また通院のためには平日に休みを取らなくてはならず、会社の理解が得られないがゆえに仕事をリタイアしてしまう人もいる。そんな状況でありながらも、国の不妊治療への支援は決して万全ではないと、松本さんは言う。

「不妊治療と仕事の両立についてのアンケートをFineでとったことがあるのですが、92%が『両立は難しい』と答えていました。治療によって仕事をリタイアしてしまうと、復帰したくてもなかなか難しいのが現状です。また厚生労働省は特定不妊治療に助成金を出しており、初回の助成額が引き上げられましたが、その利用にはまだ制限があり、使い勝手がよいとは言えません。政府は希望出生率を1.8に引き上げるべく、子育て支援を打ち出そうとしたり、若い女性の出産を推奨するムードを作ったりしています。それも良いことだとは思いますが、現在子どもが欲しくて頑張っている人たちの継続的な支援の見直しは検討されていないのが実情です。仕事と育児の両立に注力するのも大切なことだと思いますが、妊娠への支援は、いまだ十分とは言えないと思います。現在、6組に1組のカップルが不妊と言われており、2013年のデータでは、年間約37万周期(回)の体外受精が実施され、生まれてくる子どもの24人に一人は体外受精による出産です。その体外受精をするためには、何度も通院する必要がありますが、そのような現実を国は、理解できていないのかもしれません。

 また私もそうでしたが、治療中はとかく視野が狭くなりがちで、妊娠・出産のことばかり考えてしまうものです。そうならないためにも治療以外のことをしたり、考える時間を持ったりしてほしい。治療との両立が大変でも細々とでも仕事を続けるとか、趣味を始めるとか、どこかのコミュニティに関わっておくなどをおススメします。子どもができてもできなくても、社会の中の自分の居場所を持つことは大切だと思いますから」

 不妊治療を長年続けても子どもを授からず、治療をやめた後に養子や里親制度を利用しようと思っても、自治体や団体によっては年齢制限や条件等があり、かなわないケースもある。そしてそれ以上に、日本では現在でも「産みの親こそが親である」と考える風潮が根強い。

「日本は多様性を認めないところがあるので、養子や里子を特別視する傾向は、残念ながら今でもありますね。そして不妊治療をしていた方でも、子どもを授かるとその途端、治療経験を隠すことが多いんです。治療への偏見も、まだ根強いのでしょうね。嘘みたいな話ですが、不妊治療(試験管ベビー)って試験管で子どもを育てることだと信じている人が、いまだにいて、驚いてしまいました(苦笑)」

 松本さんがこの本を通して伝えたかったこと。それは「不妊治療をやめても、人生は続く」ということだ。そんな当たり前のことを、治療に夢中になると見失いがちになるからだという。不妊治療は仕事や勉強と違い、努力や手間が「自分が望む結果」に結びつくとは限らない。そして不妊は女性だけの問題というわけではないのだから、望むとおりにならなくても自分を責める必要などないと訴える。

「男性が『経済的に自信がないから』と結婚や出産を先延ばしにしてきたことで、産むタイミングを逃してしまった女性も数多くいます。妊娠・出産は決して、女性だけの問題ではありません。世の男性にも、妊娠や出産に対する知識や自覚を持ってほしいと思いますね。

 そして不妊治療は妊娠のサポートをするためのものに過ぎず、たとえば体外受精は受精までは技術でサポートできますが、胎児が育って無事出産できるかどうかは、人の手が及ぶものではありません。とあるドクターが、『体外受精も自然妊娠だからね』とおっしゃったのですが、まさにその通り!と思いました。生命の誕生は、私たち人間なんかが、自由に操れるものではないんですよね。そんなことをぜひ、感じてもらえたら嬉しいです」

取材・文=久保樹 りん